ここは魔物たちが暮らす街にあるセミナーハウス、その一室。
部屋は、幅は5メートルほど、長さは7メートルぐらいの大きさで、廊下側の壁には部屋の前後に入口があり、反対側の壁は大きな窓が並んでいる。だが、窓は分厚い遮光カーテンで隠されている。部屋の上手には大きなホワイトボードが置かれていて、いくつもの机と椅子がそのホワイトボードの方を向いて並べられている。
大きさも構造も学校の教室――視聴覚教室の小型版を想像してもらえれば、それとほぼ同じである。
その部屋には、十数人の魔物たちが集まり、それぞれ思い思いの席についていた。
あるものは一番前の席に陣取り筆記用具を用意しているかと思えば、後ろの方の席に陣取り椅子の背もたれに身体を預けてふんぞり返っているものもいた。他の魔物と雑談にふけるものもいれば、それを横目に見ながら話しかけれずにいるものもいる。
それぞれがそれぞれなりの過ごし方をして、部屋の中は学校の教室さながらざわめいていた。
彼女たちの種族は多種多様で、共通しているのは、この部屋を使用するのに不都合のない人型であることぐらいであった。
魔物たちにとって夫とイチャイチャするのは何よりも楽しい嬉しい気持ちいい。
それだけしていても、なんら生活に支障はない。むしろ望ましいこととされているぐらいだった。
だが、だからといって他の楽しいことはどうでもいいかと言えば、そうではない。快楽主義の彼女らは楽しいことが大好きであり、また変化することや新鮮な刺激は欲しいのである。
それに、魔物は夫のことを誰よりも熟知しているが、熟知しているからと言って、魔物がそれに安心しているとは限らない。
夫をもっと喜ばせるためにはどうすればいいか? 夫は本当に今の自分に満足してくれているのか? そのような向上心と不安とで、日々、夫のために心技体を変化発展進化を続けているのであった。
そんな健気で愛すべき魔物たちの手助けをするために講演会や、講習会、各種習い事が開催されていた。セミナーハウスはそのために建てられた施設であった。
ざわついている教室の上手側の扉が開くと、タイトなミニスカートのスーツに身を包んだサキュバスが姿を現した。それに気がつき、教室の魔物たちは雑談をやめて、それぞれの席に座りなおして、彼女の方に注目した。
彼女は教室の隅にある司会者卓に立つとマイクのスイッチを入れた。
「そろそろ、時間となりましたので、魔物的家事講習会を始めたいと思います。
本日は、イチャイチャするのに忙しい中、ご足労いただきまして、ありがとうございます。
本日の進行役を努めさせていただきます、サキュバスのアンネクローゼです。よろしくお願いいたします」
丁寧にお辞儀をすると、魔物たちから拍手で応えられた。中には「よろしく!」など、声で返事したものもいたが、魔物の講習会などではよくある光景である。
「それでは、本日、講師を務めてくださる先生をお呼びします。みなさん、声を合わせて――失礼いたしました。さっきまで精戦士戦隊の司会をしておりましたので……では、あらためて、本日、講師を務めてくださるキキーモラのルリ先生です」
司会者の紹介に沸き上がる拍手の中、扉からメイド服を着たキキーモラがお辞儀をして入室してきた。澄ました表情のまま、氷の上でも滑るかのように滑らかに中央の教壇まで進み、その前で再び受講者たちに向かって深々とお辞儀をした。
焦げ茶色の髪に白いメイドキャップを被り、一見、ボブに見える髪形は、うなじの一房だけ伸ばしシックなリボンを結んでいた。物静かで従順そうな落ち着いた顔立ちで、少しばかり伏し目がちではあるが、カーキ色の瞳は己への確かな誇りと自身への確固たる自信があることは見て取れた。
手首と尻尾にはかつての姿の名残である羽根が残っており、一見するとメイド服の飾りのようにも見えた。羽根は根元に向けて焦げ茶色から白へとグラデーションがかかっていた。
「本日、皆様の講師を務めさせていただきます、キキーモラのルリです。よろしくお願いいたします」
改めてキキーモラは自己紹介して、軽く頭を下げた。それから、会場をさっと一瞥して、微笑を浮かべた。
「家事ができるより、床上手の方が旦那が喜ぶんじゃないか?」
彼女がいきなり少しばかり張った声で受講者たちに向けて問いかけるように話を始めた。その問いかけに受講者の魔物たちは何事かと緊張した。
「家事なんて意味があるの? そう思っていらっしゃる方が多いと思います。ですが、今日はその認識を変えて差し上げます」
にこやかな表情だが、あきらかに受講者たちを挑発していた。
「やれるもんなら、やってみな」
売られたケンカは買わない選択肢がない魔物が、タイムセールの
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