宝玉よりも輝いて

 この街は元々人間たちが住む街だったが、魔物の侵攻を受けて魔界に沈んだのは、百年以上前の話であった。今はほとんどの人々の記憶からも地図からも消えた街である。
 古い街にありがちな、侵入者を迷わせるようにするため入り組んだ路地にした上に、当時の住人が無計画な増築を勝手に行ったため、軽く迷宮のようになっていた。
 その迷宮都市を一人のレッサーサキュバスが機嫌よく、買い物袋を胸に抱えて家路を急いでいた。買い物袋の中には、魔界特産の果物が入っており、それは彼女の大好物であった。
 元々は旅の宿で女中をしていた彼女だが、ある旅人から魔界の果物をもらって食べてから、その味にはまってしまった。それから女中の情報網を駆使して、魔界と行き来している行商人を見つけ、その行商人から定期的に果物を買って食べていた。だが、そのため、ついには彼女はレッサーサキュバスになってしまったのであった。
 レッサーサキュバスになってしまっては、もう人間の世界では生きて行けないと悟った彼女は、行商人の手引きで魔界へと逃げ込んだのだった。そして、魔界で運命の出会いに恵まれ、夫と共に魔界の街で幸せいっぱいに生活していた。
 今日は夫と二人で思い出の果物を食べながら、結婚五十日目の記念日を淫らに過ごそうと計画していたのだった。
「ふふふ、るーくん、喜んでくれるかなー。たくさん買っちゃったけど、食べきれるかなー。食べちゃうけどねー」
 サキュバスよりも色素の薄い羽根をぱたぱたさせ、レッサーサキュバスの初々しい姿で楽しそうにしているのに、街行く他の魔物やインキュバスたちはほのぼのした視線を向けていた。
 彼女は家に帰るのに近道するため広場へ出る路地を抜けようとすると、広場への出口のあたりに人だかりができて道がふさがっていた。
「何かあったんですか?」
 彼女はこの街に来てこんなことは初めてと驚きながら、近くにいたサキュバスに理由を聞いた。
「人間の騎士さんがバフォメット様に戦いを挑んだのよ。それで広場は一時封鎖中なの」
「ええっ。そんなぁ」
 理由を聞いたレッサーサキュバスは困りますとばかりに声を上げた。
 広場を通らずに家に帰る道は、今来た道を結構戻らなければいけなかった。
「でも、もう騎士さんは降参寸前だから、すぐに通れるようになるよ」
 理由を教えてくれたサキュバスの夫らしき男が優しく彼女をなだめるように言った。
 しかし、彼女は一刻も早く夫のところに帰りたくて仕方ない気分に支配されていた。邪魔されると余計に盛り上がるという、ロミオとジュリエット効果というものである。
「広場全部が通れないわけじゃないから、観客がいる縁を通れば通れるかも」
 彼女の気持ちがなんとなくわかったサキュバスが彼女にアドバイスした。
「ありがとうございます」
 そういって、彼女はお礼を言うと、身を屈めて人ごみの中に分け入っていった。
 彼女自身が小柄であったことも幸いして、人ごみの中を移動するのはなんとかなった。
 本来使おうと考えていた帰り道のコースではなく、一度は広場には出るが、広場から出ている一本隣の道に入ることができれば、近道ではないが戻るよりも早く家に帰れるコースがあった。それを使えば、人ごみの中をかき分けて広場を半周する面倒はしなくてもよかった。
「ふふん。常日頃の探検の賜物ね」
 ただ単に方向音痴で迷子になりまくっただけであるが、物は言いようである。
 なんとか広場に出ると、何かあわただしい雰囲気になっていた。
「降参はせぬか?」
「諦めだけは悪いのが才能なのでな」
 幼女とおじさんの声が広場に響いているのを聞いて、彼女は少し興味が湧いて、かがめていた身体を起こして、少し広場を覗き見ようとした。
「あんた、身を乗り出しちゃ、危ないよ」
 近くにいた姉御風のサキュバスが彼女の腕を掴んで引っ張った。その拍子に抱えていた買い物袋から、果実が一つこぼれ落ちた。
 それを見た瞬間、自分の夫に食べさせるものを地面に落としてなるものかと変な使命感に火がついた。
 彼女は姉御風サキュバスの掴んだ腕を振り解いて、こぼれ落ちた果実をダイビングキャッチした。
 果実が無事にキャッチできたことに、ほっとしたのも束の間、頭上から嫌な気配がした。
 見上げると、知識のあるなし関係なしに本能的に恐怖を感じる黒い剣が魔界の昏い空よりも暗く大量に踊っていた。
「ひやぁあっ!」
 早く逃げないとと思ったが、恐怖で腰が抜けたのか身体が動かなかった。魔物化したことで身体能力は上がっていたが、精神的なものがそれに追いつくのは少しばかりずれがあった。
「もうだめ! せっかく、るーくんと一緒になれたのに。ごめん、るーくん。もう、あえない」
 彼女は目を固くつぶって、死を覚悟した。

 さかのぼること、数時間前――

 時が正し
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