主街道から離れた、今はほとんど使われることのなくなった旧街道沿いの辺鄙な山奥に、ひっそりとたたずむ古びた石造りの砦があった。
もともとは人間が対魔物用に築いた砦である。ただ、砦はかなり年代もので、今では魔物に対して役に立たないとされ、建造されなくなった古い建築様式の砦だった。
そんな砦の正面城壁は、切り出した石を隙間なく高く積み上げ、ほぼ垂直にそびえたた壁になっていた。それだけでなく、容易によじ登れないようにするため、岩を落としたり、油を流したりする仕掛けもさまざま施されていた。
城壁の上は、守備兵士が自由に行き来できるように壁に守られた回廊になっており、壁の上端には凹みが等間隔に配置され、その凹みより城壁の外にいる敵に矢を射掛けることができるようになっていた。
城壁の外側には堀がめぐらせてあり、近くの川より水を引き込んでいる。砦の正面にある門は、堀を越えるための跳ね橋と兼用になっており、ちょっとやそっとでは打ち破られないように、太い木材を重厚な金具で束ねて作ってあった。
素人目には、どれも有効な防御設備に見えるかもしれない。外敵に対して絶対的な拒絶と難攻不落を主張しているように見えるだろう。
しかし、空を飛べる魔物に対して城壁や堀は無意味である。空を飛べない魔物でも、身体能力の優れた魔物であれば、楽々と堀を飛び越え、垂直の壁を軽々と駆け上がるだろう。そうして、砦を守る兵士たちが罠を作動させることもできず、矢を番える暇すらもなく、弓の弦を切られることになるのは容易に想像できた。
重厚な門も少し威力のある魔法の前には脆弱であるし、魔法を使わなくとも、怪力を誇る魔物が本気になれば、それこそ、紙を破るよりたやすく門扉を打ち破ることができるだろう。そもそも、高火力の魔法を使えば、城壁すらも打ち破るのは難しいことではない。
かつて、これらが有効であったのは、魔物たちが人間を必要以上に傷つけないように、できうる限り手を抜いて砦攻略をしてくれていたためであった。昨今、人間側の魔法をはじめとする技術の進歩により、魔物たちも手加減の割合を減らしてきた。結果、この砦のような古い防衛設備は魔物に対して役に立たなくなっていた。
それにくわえて、勢力地図の変化などに伴い、人間側の防衛線は砦が現役だったころからはかなり退いていた。そのため、補給路の確保できない砦は戦略的価値を失って、ずいぶんと前に放棄されたのであった。今では、それを作った人間側も、この砦の存在を憶えているものが少なくなっていた。
そんな人間にとって無用となった砦だが、その周辺の魔物には有用な場所になっていた。
雨風をしのげて、砦ゆえに窓が小さい個室が多く、薄暗い屋内は思う存分、人間の男と愛を確かめ合うのにちょうどいい物件と隠れた人気になっていた。
一時は、魔界るるぷにも「カリスマ・サキュバスがおすすめ! 大人の隠れ家――愛の巣絶頂ポイント特集」などで紹介されたこともあったほどである。他の雑誌にも掲載されることもしばしばだった。
しかし、魔物たちの嬌声で満ちていたこの砦も、ある魔物がそこに住み着いて以来、その砦を訪れて愛の巣として利用する魔物は減少した。そのおかげで一時は、秘め事をする魔物たちの放つ気により魔界になりかけていたこの砦周辺が、魔界にならずに人間界で留まっているのは、ある意味、皮肉とも言えよう。
それはさておき、砦は、城壁など外観はそのままであったが、内部は魔物たちの愛の巣とするために大幅な増改築がされていた。
目を見張るのは、かなり裕福な王城ぐらいしか施されない磨きぬかれた大理石の床や壁だろう。
ただ、人間の城と違うといえば、磨きぬかれ過ぎて鏡のようになっている床があげられた。もし、この上を短いスカートの女性が歩けば、女性の下着を見ないようにするため男性は上を向いて歩かねばならないだろう。しかし、上を見上げても、天井には一面、魔物娘と人間の男が睦み会う天井画が扇情的に描かれており、劣情を抑えるのは苦労しそうだった。
しかも、それだけではなく、廊下には、魔物娘が男を誘うようなポーズの彫刻像が飾られ、各部屋には魔物娘が人間の男と交わる様を描いた絵画やレリーフ、タペストリーが飾られていた。
そんな廊下をミニスカートのメイド服を着たサキュバスに先導され、一人の大柄の男性騎士が歩いていた。
騎士は、防御魔法が発達したおかげで、鎧が比較的軽装となりつつある昨今、骨董品でしか見ることがなくなった白銀のフルプレートメイルに身を包んでいた。鎧の表面には海のような深い青色でさまざまな文様が美しく刻まれていて、それも古式ゆかしさを醸し出していた。ある意味、騎士の姿は、この時代がかった砦にはよく似合っていた。
さらに、背中には大きな盾を背負っており、これにも
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