意識高い系とかいう人たちがいるけど、人間、そんな向上心がある人間ばかりじゃない。
多分、どっちかというと、向上心が低い人間の方が多い。冷めてるわけじゃない。どっちかというと諦めてる。そういう人間が大多数なのだ。僕も含めて。
だいたい、頑張っても、できるとは限らない。才能の壁を越えられずに無駄な努力で終わることは珍しくない。
そもそも、自分が頑張れば、どれぐらいまでできるかなんて、高校生ぐらいまででなんとなくわかるものだ。
それが分かると、努力するっていうのが虚しくなる。
しかも、努力して目標を達成しても、責任や仕事だけ増えるだけで給料はほとんど増えないとかだと、頑張る気力とかわくわけない。
頑張るのを諦めた僕が、安月給の派遣社員をしているのは自然な流れで、分相応だと思う。
派遣された会社で僕に期待されているのは、単なる数合わせだ。
アリの巣で働くアリはごく一部で、大半が遊んでいるって話だ。でも、だからって働くアリだけ集めたら、それまで働いてたアリが一定割合、サボりだすらしい。
つまり、僕みたいな人間を机に座らせておくことで、働くやつが働いてくれるってわけだ。
いうなれば、僕はドラマやアニメでいうモブだ。リアル社会の主人公たちが活躍するのを盛り上げる背景。それが僕のリアル社会での役目だ。
ただ、そんな僕でも主人公になれる場所がある。
サブカルチャの商品を扱った店が所狭しと並ぶ通称「電気街」。その路地にある雑居ビルの急な階段を上がった2階。少し薄汚れた廊下には不釣り合いな、チョコレート色の木目調壁紙を適当に貼って、重厚さを出そうとしている扉がある。
普通なら開けることをためらう怪しさが一杯だが、僕はその扉をためらいもなく開けた。
扉を開けると、ドアベルの軽やかな音がして、ミニ丈のメイド服で女子高生ぐらいのツインテールにした女の子が僕を出迎えた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいま、マユちゃん。今日もかわいいね」
僕は雰囲気だけでもイケメンのつもりで微笑を浮かべる。
「わあ、ありがとうございますっ、ご主人様。そんなふうに褒められたら、マユ、勘違いしちゃいますよ?」
僕の言葉に、メイドの少女がかわいく上目遣いで応じてくれた。
会社では良くて空気、悪ければ汚物の僕だが、ここでは僕の存在を誰も無視しないし、格上として敬ってくれる。
「ははは、マユちゃんはメイドなんだから、ご主人様に恋しちゃダメだよ」
僕は会社の人間たちが見たら驚くほど堂々とした態度で、案内なしに、いつもの窓際のテーブルに座った。
ここはメイドカフェ『マーチラビッツ』
最近は、メイドカフェもずいぶんと数は減っている。そんな中、『マーチラビッツ』は質のいいサービスで5周年を迎える老舗のメイドカフェだ。
僕は、このメイドカフェが開店、間もないころからの常連ご主人様だ。
僕の身長は160ちょっとで、正直、肥満体型で汗っかきだ。それで学生時代からよく女子から気持ち悪がられたが、ここではそんな態度をする女の子はいない。
僕もこのメイドカフェに通うようになって、ちょっとは見た目に拘るようにしている。
ご主人様らしいファッションを心掛けて服を買ったり、髪を伸ばして、ボブぐらいにしたり、勇気を振り絞って美容院にも毎月通っている。
そういえば、最近、美容院で髪が重たいからと染めることを勧められているのだが、美容師は髪を染めたら、重量が軽くなると思っているのに驚いた。さすがの僕も、そんな馬鹿な事は物理的にあり得ないので丁重に断っている。
僕がそんな物思いにふけっていると、マユちゃんがメニューと水を持って、僕のテーブルへとやってきた。
「ご主人様! 新しいメニューに挑戦したんですよ。ぜひ、食べて感想、聞かせてね」
マユちゃんが小首をあざとく傾けてメニューを差し出してきた。この娘は僕の最近のお気に入りのメイドさんだ。
「マユちゃんは料理好きだね。いいよ。それをお願いするよ」
新メニューが何かを確認せずに僕は注文して、彼女の持ってきた水に口をつけた。
「はーい! 森妖精の炎のタンタン麺、一つですね? あ、トッピングはどうします? ハートバーニングラー油と、ツンツンネギパラと、チュッとチャーシューって、三種類あるんだけど? あ、三種類セットにすると、ちょっとお得なんですよ〜。ご主人様だけには、こっそり教えてあげる
hearts;」
「ありがとう。それじゃあ、三種セットで頼むよ。あと、食後にホットコーヒーをお願いしようかな?」
トッピングとかは、正直な話、値段が割高だが、それを受け持ちのテーブルの客が頼むと彼女たちにポイントが加算されるシステムになっている。ポイントは彼女たちの給料に反映される。
客も使
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