幸せのかたち

 昨日と変わらない明日が必ず来ると信じていた。
 そして、それが平和。それが幸せだと信じていた。

 日中はまだ暖かいが、陽が沈むとめっきりと冷え込んできた。
 私は人目を忍んで、駅馬車の厩舎の横にある飼葉を貯め込むための質素な小屋を訪れていた。
 薄暗い小屋では、私の友人のライオネスがすっかり旅支度を整えて待っていた。
 ライオネスは背は低いが、がっちりとした体格で、昔から力自慢の男だった。荷運びの仕事をして、さらに鍛えられて、今では荷運びの他にも用心棒っぽいこともしていた。
 機転も利くし、男気もあるいい男だが、顔は友人の贔屓目を付加しても、愛嬌のあるジャガイモか、知的な岩石という感じなので、女性にモテたという話は聞いたことがない。女性にフラれるたびに、私によく愚痴っていた。

「ライオネス、考え直す気はないのか?」

 私は彼の出立を思いとどまらせようとしていた。確かに、生活は苦しいかもしれないが、生きていけないわけではない。

「約束だからな。そういうわけにはいかない。それに、この国はもうダメだ」

 何度となく口にした私の言葉への答えは今回も同じだった。
 最初からライオネスの意志が固いことはわかっていた。幼い頃から一緒だった友人の性格からして、途中で考えを改めることなどしないことは分かっていた。
 私が生まれ育ったザイステン王国は、小さな街が三つと、その周辺の村が十数個ほどしかない。王国と名乗っているが、とても狭い小さい国だ。しかも、これといって特筆する産業も産物も無かった。だから決して豊かではない。
 そんな小さな貧乏国、ザイステン王国は昔から教団の力が強い国だった。
 教団の加護のおかげで、弱小国でも周辺国に侵略も併合も属国化もされず生きながらえてこれたからだ。
 教団は加護を与える代わりに、数年に一度の割合で、魔物と戦う聖戦のために出兵するようにと要求してきた。
 そのたびに王様は国の若い男たちを教団に差し出した。
 ライオネスも一年前の出兵に駆り出された一人だった。
 そこでライオネスは、この国のカラクリを知ったのだという。
 出兵すれば、王国は教団から多額の支度金をもらえる。このお金で王様や貴族たちはぜいたくな暮らしをしているのだ。
 この国の税金は確かに高い。だが、貧乏人たちをいくら絞っても、乾いた雑巾から水は滴らない。王様や貴族たちがどうやって、不釣り合いな豪華な王宮や屋敷を建てられたのか? その理由が教団からの支度金だった。
 支度金は本来、聖戦に参加する兵士の装備を整えたり、訓練をするための費用らしいのだが、王様たちはそんなことには使われない。教団もそれを見て見ぬふりをしている。
 兵士たちは、布の服のまま、尖った石を木の棒の先に括り付けた槍を渡され、戦場へと送り込まれる。
 訓練は行われず、戦場では貴族の上官が鞭を振り回し、その上官の従者たちが兵士たちを木の棒で追い立てるのだという。
 ライオネスは「牧羊の羊の方がまだマシな扱いをされている」と聖戦を振り返っていた。
 聖戦が終わって国に帰ってこれるのは、いつもだいたい出兵した半分ほどだった。
 そんなやり方で半分も無事に帰れていたことに驚く。これこそが教団の奇跡と言っていい。

「それに魔物って、教団が言っているようなものじゃない」

 ライオネスが聖戦で知ったことを教えてくれた。
 魔物たちは、その誰もが驚くほど美女ぞろいで、一人として人並みの容姿のものはいないらしい。しかも、その容姿で兵士たちを誘惑してくるのだという。
 私は、そうやって誘惑して連れ帰って、食い殺すのではないかと心配した。

「実はそうかもしれない。でも、それでもいいと思えるぐらい、いい女ばかりなんだ。それに、実力差がありすぎるから、そんな面倒なことをするとも思えない」

 ライオネスが言うには、戦場で貴族の上官と従者たちに追い立てられていたライオネスたちを何度も助けてくれたらしい。
 鞭を切り裂き、木の棒を手でへし折り、蹴散らかしてくれたり、鞭打たれて怪我していた兵士に治癒魔法をかけてくれたりしたようだ。そんな魔物の魔物らしからぬ優しさに絆されて、魔物の軍に投降する兵士が大勢いたらしい。
 実際のところ、行軍中の事故や貴族の癇癪で殺された以外は、戦場で死んだ兵士はいないということだった。魔物の攻撃は気絶するだけで、相手を殺さない武器だそうだ。

「俺も残るつもりだったんだがな。帰ってきたのは、しょうがなくなんだよ」

 ライオネスも一時は魔物の軍に投降しようと思ったが、国に家族を残して帰りたがっていた者たちもいたので、教団軍本隊から置き去りにされた彼らを率いて戻ってきた。
 そして、その武勲と名誉は、彼と同名の第二王子であるライオネス王子が全て横取りした。それについては、
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