ザックは柔らかな感触と心休まる香りに包まれていた。
その楽園のまどろみから目を覚ましたザックは、彼の腕の中で穏やかな寝息を立てる青い竜を見て少し驚いてから微笑んだ。夢の楽園はいまだに自分の腕の中にある。
昨夜、ユードラニナに改めて告白して、受け入れてもらった。その後の記憶を反芻すると、下半身に血液が集まりそうだった。昨日の晩から何回したのか記憶も不確かなぐらいしたのに、まだ下半身は飽き足りないのかと、ザックは我ながら呆れた。
だが、正直なところ、この快感に飽きることは永遠にないかもしれないとザックの上半身も思っていたので、下半身を責めるつもりはなかった。
ザックはこんな穏やかな目覚めはいつ以来だろうと思い出してみたが、物心ついたころから困窮した生活で心休まる暇がなかったと思い出し、人生初の穏やかな目覚めをかみしめることになった。
「……ザックぅ……」
少し身体が離れたことを敏感に感じてか、ユードラニナが寝言でザックの名を呼んだ。
「はいはい。ザックはユニのそばにいますよ」
ユードラニナの耳元で起こさないように小さい声で寝言に返事をすると、彼女の寝顔が緩んで、幼子のような笑顔を浮かべた。
「ちくしょうめ。かわいいじゃないか」
ザックはいつも堅物のような引き締まった表情が多い彼女の、無防備な笑顔に胸がきゅんとしてしまった。
「これが父性というものか?」
ザックの年齢など誤差の範囲ぐらい長寿のドラゴンに対して思うことではないが、感じてしまったものはしょうがない。
ふとザックは、あることを思いつき、そっと寝ている彼女を起こさないように彼女のそばを離れた。
ズボンとシャツ、ベルトだけを身につけて、上着はユードラニナにかけた。上着に染み付いたザックの匂いに反応したのか、彼女は上着を抱き込むようにして体を丸くして、幸せそうな寝息を立てていた。
ザックはユードラニナに無言で軽く謝ると、出口にの方に向かって歩き出した。
洞窟の出口の前にある岩棚に出ると、西の空が赤く染まり、夕闇迫る時間になっていた。
さっきまで寝ていたとはいえ、昨日の夜から、ほぼ一日中していたのかと知って、ザックは自分の体力に驚いた。「愛の力って、すごい」と自分の火事場の精力に感心していた。
もっとも、している最中、ユードラニナがザックに体力回復の魔法を何度もかけていたことを後で知ることになったが。
「さて」
ザックは腰に下げた鉈の鞘から笛を取り出した。随分と年季が入っている上に、手作り感満載の粗末な笛であった。
笛を縦に構え、山間の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んで、吹き口に唇を当てた。
ザックが吹き口に息を入れると、笛の見た目から想像できないほど、澄んだきれいな音が渓谷に響いた。
ザックの指が笛の穴の上を踊り、ゆったりとした穏やかなメロディーが流れた。それが渓谷にこだまし、沈みゆく太陽の残滓と輝きを増し始める星々の情景に溶け込んでいく。川のせせらぎも、曲に合わせるかのように静かに穏やかに聞こえてくるようだった。
曲の中盤から、曲調が急に明るく、にぎやかになった。
すでに太陽は沈み、空は藍色に染まっていたが、満天の星空が観客のように、曲はきらきらとした音で紡がれていった。
演奏しているザックも興が乗り始めたのか、体が拍子をとって揺れ始めて、曲自体もどんどんと盛り上がっていった。
そして、クライマックスを迎えて、曲は散華するかのように終わった。
かすかな余韻が消えるのを耳にしてからザックは笛から口を離し、息を整えるように長く細い息を吐き出した。
そこに背後から拍手が聞こえて、ザックは驚いて振り返った。
ユードラニナがザックの上着を羽織って、感心した表情で拍手をしていた。
「あ、えーと、ごめん、ユニ。起こした?」
ザックの問いにユードラニナは軽く口を尖らした。
「ザックがそばを離れたら……その……寝てられないじゃないか」
ちょっとむくれたようにユードラニナは横を向いた。
「それは、その……ごめん」
ザックの謝罪にユードラニナは首を振った。
「それより、今の曲、いい曲だな。初めて聞く曲だが、なんていう曲だ?」
「これは……」
ザックは笛を少し見て、背後の渓谷の方に視線を向けた。
「俺の故郷に伝わる、鎮魂の曲なんだ」
「鎮魂……」
ユードラニナの羽織っている上着をつかむ手に軽く力が入った。
「俺の親父に子供のころに教えてもらった。序盤はまだわかるが、中盤以降は鎮魂曲とは思えないだろ?」
ザックは自虐的に肩をすくめた。
「親父が言うには、いつまでも悲しんでいたら、死んだ奴らが浮かばれない。明るく楽しく生きていけ。それが死んだ奴への最高
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