ふと、あたし――ジョディ・ウァトソンの日記を見ると、いくつもの不思議な縁結びが記録されています。それら縁結びを通じて友人、シャーリー・フォームズの驚嘆の手際を見てきました。
その中には、多くの喜劇と少しの悲劇がありますが、大半は変わった縁結びばかりで、普通の縁結びというもは一つとしてありませんでした。というのも、どちらかというと、シャーリーは好きだから仕事するのであって、キューピッドとして愛の女神様への信仰のため仕事をするのではないのです。何の変哲も無い縁結びは関わりたくないと、布団を被ってベッドにあたしを引っ張り込んで篭ってしまうのです。
数々の縁結びの中で、一番変わったものというと、やはり、これだと思います。
ハリー州スモーク・トランに住む、かの有名なロリロット家の話です。
この縁結びはシャーリーとあたしが同棲し始めた頃の縁結びで、この頃のあたしたちはパン通りのバルチック夫人宅に下宿していました。
もっと早くに公表してもよかったのだけど、当時、当人たちの事情が色々とあって、口外しないようにお願いされたので秘密にしていました。だけど、グリフィン・ロリロット博士の失踪が随分と変な風に尾ひれがついて、ちょっとした騒ぎになっているのを知ってしまいました。
だから、当人たちに許可を得て、真実を公表することにしました。そうすることがこの騒ぎを収める方法だと、あたしは思ったのでした。
あれは四月の初めのことでした。もう春というのに、その日は前の夜から寒くて、あたしの周りにあるミルクも凍るんじゃないかというぐらい冷えた朝でした。
あたしは人の気配がして目を覚ますと、シャーリー・フォームズが着替えを済ませてベッドの縁であたしのほっぺをつついていました。
普段はあたしがシャーリーのほっぺをつついて、昼過ぎまで寝ている彼女を起こすのに、寝過ごしたとはとんだ失態だとあたしは思いました。でも、寝ぼけ眼で暖炉の上の時計を見ると午前七時を少し回ったばかりでした。
あたしはなんでとばかりに、少しふくれてしまった。シャーリーのほっぺをつんつんできない朝は決まってこうなのです。
「寝ているところ悪いけど起きてよ、ウァトソンちゃん」
シャーリーは、あたしがふくれているのを困った顔で見ていました。
「今朝は予定をまるまま変更になりそうよ。バルチック夫人が扉の音で叩き起こされたおかげでね」
「火事じゃないわよね?」
あたしはアプサラスなので、自分の周りにミルクがあります。でも、これは消火にも使えなくもないけど、焼け石にミルク程度の手助けしかできないと顔に出てしまっていました。
「違うわよ。火事なら有無も言わせず、あなたを抱えて窓の外に飛び出してるわ。依頼人らしいわ。年若い男性が興奮してやってきたみたい。私に会いたいって」
「夜這い……じゃない、朝駆け?」
「まさか! でも、少年が一人でこんな朝早く、都会を駆けてきて、眠っている他人を叩き起こしたのよ。よほどのことがあるんじゃないかと思わない?」
シャーリーがあたしに悪戯っぽく微笑んで見せました。
シャーリーは、愛の女神様に仕える中級天使のキューピッドです。
少し褐色の肌はまだしも、ボブカットにしている淡いピンクプラチナの髪の毛などは人にはありえない色合いでした。澄ました目には、髪の毛の色を少し濃くした薄紅梅色の瞳が好奇心できらめいています。
クールな印象を受ける顔立ちなのに、その瞳のおかげで、少し少年のようにも見えると、あたしは思っています。けど、本人は冷静沈着な大人の女性のイメージだから、それを言ったらむくれてしまうのです。だから、かわいらしいむくれた顔が見たくて、ついつい言っちゃうんですけどね。
スタイルはさすがに愛の女神の天使様。丸く大きなオッパイといい、腰のくびれといい、つんと上を向いたお尻といい、まさにパーフェクト・ボディ。女のあたしでも惚れ惚れしちゃうぐらいなのです。
「一緒に話を聞きたいんじゃないかって思ったけど、それよりもお布団の方が好きかしら?」
シャーリーがあたしの回答など推理済みとばかりに訊いてきました。あたしは少し癪だけど、少年の事情を聞く誘惑には勝てませんでした。
「もちろん。話を聞くに決まってるじゃない。起こしてくれてありがとう、シャーリー。愛してる」
あたしは投げキッスをして起き上がると、すぐに身支度を整えました。
依頼人の少年を待たせてある居間に入りました。彼は火のついた暖炉のそばでなく、窓際の席に座っていました。あたしたちが入ってくるのを見つけると立ち上がり、こちらに頭を下げました。
少年は十代の後半でしょうか、身体も小柄な方で、まだ顔にはあどけなさが残っていました。
でも、その
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