第八話「ドラゴニアの青い竜」

 ドラゴニア城がある皇都の霊峰から西へとワイバーンの翼で一時間半ほど飛んだところに広がる峻険な山岳地帯は、ニナーナ山地と呼ばれ、人を寄せ付けない手付かずの自然が色濃く残る場所として、自然派の魔物夫婦には人気のアウトドアスポットとして知られている。

 ニナーナ山地の奥深く、一本の入り組んだ深い渓谷があり、そこは「嘆きの渓谷」という名がつけられていた。

 アルトイーリスは、その嘆きの渓谷の最も奥にある洞窟前の岩棚に着地した。

「夜にこれだけ長く飛ぶのは久しぶりだ。星空の中を飛ぶのもたまにはいいもんだな」

 タンデムハーネスの金具を外しながら金髪オッドアイのドラゴンは、目的を忘れているかのように楽しそうな感想を漏らした。

 一方、アルトイーリスに抱えられて一緒に飛んできたザックは、唇を真っ青にしてガタガタ震えていた。

 通常、空を飛ぶ場合は防寒対策をしっかりするのが常識であった。正式な竜騎士になれば『赤竜の外套』という、保温性どころか、それ自体が熱を発するという便利なマントがドラゴニアの女王陛下より下賜されるのだが、候補生のザックがそれを持っているはずはなかった。

「ああ、すまん。急いでいたので防寒のことをすっかり忘れていた」

 ザックの様子を見て、舌を出して頭をかいた。

「死ぬかと思った」

 ザックはとにかく身体を動かして下がった体温を復活させようとしていた。

「そう簡単には死なんから安心しろ。この国は魔物の魔力が豊富だからな」

「それでも空の上は魔物の魔力が薄いと聞いたことがあるんだが?」

「……生きていたんだから、オールオッケー。細かいことを気にしていると逆レイプされるぞ」

 ザックはこれからの訓練では自分で気をつけるようにしなければ、うっかり魔物基準で訓練を進められるということを魂に刻み込んだ。

「まあ、それだけ喋れるようになったなら大丈夫だな。ユニはその洞窟の中にいる」

 竜灯花の明かりが灯る巨大な洞窟の入り口を指差した。

「ここはユニが竜騎士団に入団する前まで住んでいたところだ。ずっと一人でな」

 ザックはここまで飛んでくる間、かなり手前から人の気配など微塵もしないことを思い出して静かに頷いた。

「じゃあ、しっかり説得して来い。私は皇都に戻っているからな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! そこに居なかったらどうするんだ? こんなところに置き去りにされたら帰れないぞ」

 飛び立とうとするアルトイーリスを慌てて止めた。

「だから、言っただろ? ユニはその洞窟の中に居る。私のドラゴンセンスがそう感知した。だから大丈夫だ」

 当たり前のことを言わせるなと面倒そうに答えた。だが、彼の中ではアルトイーリスの評価がイマイチで、さっきのようなポカをしそうなところは信用できなかった。

「もし万が一、中にいなかったり、――こっちの方が可能性高いが、説得失敗して逃げられたら、洞窟の中で待っていろ。明日の晩になっても戻ってこなかったら探しにきてやる」

 アルトイーリスは腰に手を当てて胸を張り、「完璧だろ?」と態度で言っているのが聞こえてきそうだった。

「忘れないのはもちろんだが、『帰ってこないのはイチャイチャに夢中になっているからだ』とか勝手に解釈をするなよ?」

 ザックはそれでも不安があり、一応は釘を刺した。

「あ、当たり前だ。お前は私をなんだと思っているんだ?」

 ムッとしたというよりも、痛いところを突かれたという表情にザックの不安は増大した。

「意外とやるらしいけど、結構うっかりさん」
「くっ! その評価、いつか覆してやるからな」

 ザックの評価に歯軋りしながら宣戦布告のように指差した。というか、その台詞でその評価を現時点では認めていることになっていることに気付いていない彼女が評価を覆す日は遠そうだった。

「さて、今度こそ、本当に行くぞ。もう私に用事はないな?」

 アルトイーリスが軽く身体を動かしてストレッチすると翼を広げた。

「あと一つだけ」
「まだあるのか?」

 ザックの言葉にアルトイーリスはうんざりした顔をした。

「ありがとう。俺のために色々してくれて。死ぬ気で頑張ってくるから、ユニのことは任せてくれ」

 真顔でお礼を言って、頭を深々と下げた。それに意表を突かれたのか、ときめきに顔を赤くした。そして、それを見せないようにすぐに横を向いた。

「あ、当たり前だ。わ、私は、竜騎士団の騎士団長だぞ? 団員の幸せを女王陛下と同じぐらい深く望んでいるのだ。恋の橋渡しができるのなら本望だ。礼など言う暇があるなら、想い竜に愛をささやけ。バカモノが」

「わかった」

 ザックは強がりを言う金髪の竜に笑みを浮かべた。

「帰りは気をつけてな。ぼーっとして方向間違えたりしないよう
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