薄暗く曲がりくねった路地は、その昔、敵に侵攻された際、自軍は地の利を最大限に発揮して遊撃戦を行い、敵には大軍を自由に展開させないためだという。しかし、今はその見通しの悪い、怪しい雰囲気が非日常を演出する場として大いに活用されていた。
薄く魔物の魔力が靄のようにかかり、昼なお昏く狭い路地は、人が行きかうのも難儀するため、カップルは自然と密着して寄り添うことになる。整地されずにデコボコの石畳は不意にバランスを崩しかけ、相手に抱きつくきっかけを作ってくれる。表通りでおおっぴらに販売しない妖しい曰く付きの裏路地商品が並ぶ店先は、その存在だけで淫靡な空気を漂わせてくれる。路地の所々にある竜灯花の街灯はまぶしくても、それが作る影は暗く深い。そこでこっそりとキスしても、誰にも見られない。
カップルにとっては表通りの明るい健康的なデート違い、ドキドキとワクワクの魅惑のデートを楽しめる。それが裏通りの醍醐味であった。
「独身の竜には、まったく、全然、これっぽっちも関係ない話ですけどね」
強靭な足腰と空を飛んで鍛えられた平衡感覚により、どんな不整地も難なく走破する陸の王者たちは、台詞どおりにまったく全然ちっともよろめきもせずに路地をすたすたと歩いていた。
ザックはこういった裏路地には慣れている方だが、その彼でも彼女たちについて行くのが精一杯の速さの歩みである。
ここは竜の寝床横丁と呼ばれる、ドラゴニアでアンダーグラウンドといえばという質問で真っ先に名が挙がるほど有名な横丁である。
不揃いの石畳の路地を進み、漆喰の壁の建物の間を抜けて、軒先にぶら下がる淫靡な看板を避けて、横丁の中ごろまで行くと、そこに『月明かり』という名前のバーがある。
「ここは竜騎士団でよく利用する店だから、覚えておくといい」
アルトイーリスがザックに言いながら、二匹のワームが螺旋に絡み合い、一本の槍を抱く彫刻を施したチョコレート色の扉を開いた。その途端、アルコールと共に芳醇な香りが店内から漂ってきた。下町の酒場とは違う、やや高級そうなバーの匂いにザックは尻込みしかけた。
「心配しなくても、おごりますよ。団長が」
ノエルが尻込みするザックの肩に手を置いて店の中へ押し込んだ。
「勝手なことを言うな、ノエル。――まあ、違いはないのだが」
文句を言うアルトイーリスに「なら、いいじゃないですか」とノエルが笑顔であしらう様を見て、ザックは笑みを漏らした。その笑みに二匹の竜は少し安心した顔をした。
結局のところ、騎竜の申し込みをされて逃亡したユードラニナは、竜騎士団員による捜索網にかからず、捕縛どころか捕捉もできなかった。やがて時間は夕刻になり、捜索は中断された。
ザックは近辺の地図をもらって、個人的に捜索を続けるつもりであったが、夜の捜索は性的な意味で危険であるとアルトイーリスに禁止された。代わりにユードラニナ行きつけの酒場に連れて行ってもらえる約束をしたのだった。
ザックはユードラニナがいないかどうか店の中を見渡した。店内はテーブル席がいくつかと、壁際の半個室のボックス席、そして、一番奥のカウンター席があった。お客は三人組のワイバーンと、二組のリザードマンと人間のカップルがいただけで、その中にユードラニナの姿はおろか、ドラゴンの影もなかった。
気落ちしているザックは逆にそれらの先客たちから、軽く好奇の視線を向けられたが、ザックはそれらを意識して無視した。
そこでザックは改めて店内を見ると、控えめの照明で静かな落ち着いた内装の店で、高級そうという予感は正しそうだと確信した。カウンターの中では金髪と銀髪の二人の豊満ナイスボディなワームがバーテンダーをしている。彼女たちの後ろには魔界の酒瓶が並べられていて、魔界の酒事情には詳しくないザックでも質量共に充実しているだろうと思わせる品揃えだった。
アルトイーリスたちはそのままカウンターの方へと向かい、ザックもその後ろをついていった。
「ようこそ、いらっしゃいませ」
おっとりした雰囲気の銀髪のワームが温かい笑顔で来店を感謝し、
「連日のご利用、ありがとうございます」
勝気な雰囲気の金髪のワームが小悪魔な笑みを浮かべてザックたちを歓迎した。
「毎晩すまないな、ルーナ、サーナ」
「いいえ、とんでもない。アリィたちが来てくれるのは大歓迎ですよ。それで、そちらの男性はお見かけしないお顔ですが?」
銀髪のワームがザックに気付いてアルトイーリスに尋ねた。
「こいつは、昨日、新しく竜騎士団に入団した、ザック竜騎士候補生だ」
「ザックです。ドラゴニアには来たばかりな上に、竜騎士についても詳しくない若輩者ですが、よろしくお願いします」
アルトイーリスに前に押し出され、二人に頭を下げた
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