黒い影が太陽を横切った。
四騎のワイバーンが、大空を我が物とするかのように自在に駆け巡った。それを見上げる広場に集まった魔物や人間たちは、鳥型の魔物とは違う力強い羽ばたきの迫力に魅入っていた。
二騎のワイバーンが腰につけた筒の栓を抜くと、筒からピンク色の煙が噴出した。
ワイバーンの飛行した航跡がピンクの煙で空に描かれた。煙の航跡を残し二騎は左右に分かれ、それぞれカーブを描きながら上昇し、少し後に降下を始めた。そして、二騎が低い高度で交錯すると同時に煙の航跡が切れた。
二騎により青空のキャンパスに大きな一つのハートマークを完成させると、広場の観客から喝采が上がった。
残る二騎のワイバーンも足や翼の先につけていた発煙筒の栓を抜いた。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色の煙で虹を描いて、さらに歓声を浴びていた。
そんな派手なワイバーンの飛行に観客の目のほとんどが奪われていた。なので、単騎のドラゴンが、さきほど描かれたハートマークの根元あたりでホバリングしていることに気付いた観客はほとんどいなかった。彼女は呪文の詠唱を終えて魔法を完成させると、それをハートマークの中央へと打ち上げた。
四騎のワイバーンもそのタイミングにあわせて、ハートマークの中央へと観客の視線を誘導するように、ハートの中心へと集合するように飛行した。
四騎がハートマークの中央で交錯した瞬間に、昼間でも見えるほど明るい閃光がはじけた。はじけた閃光は分裂し星を飛ばし、飛び散った星はさらに分裂して昼の空に光の花を咲かせた。そして、地上に光の欠片を降らせた。
光の欠片を浴びたものは、魔物たちのみならず、人間たちも欲情させた。我慢できなくなったものは番いの魔物を路地裏に連れ込み、猛者はその場で事を始めていた。歓声は嬌声に変わり、イベントは魔物的に大成功で幕を閉じた。
「あー、ムラムラするー。なあ、ザック! このまま、猫足横丁にいこうぜ!」
光の欠片を浴びた小柄な若い男が、一緒に見ていた友人であろう長身の男性の袖を引いた。
「このあと仕事があるんだよ。女郎買いに行ってる時間はないんだ。行きたきゃ、一人で行けよ」
ザックと呼ばれた長身の男は引かれた袖を払って不機嫌そうな顔をした。
「そいつはご愁傷様。こんなムラムラする魔法を浴びて、抜きもせずに仕事なんてな。魔物に襲われるなよ」
小柄な男はスケベそうな笑みを浮かべると、前屈みに人ごみの中に消えて行った。彼の方が魔物に襲われることに注意すべきだろう。
「ムラムラする、ねぇ……俺には寂しい孤独感しか感じないんだが」
ザックは、まだ降り注ぐ光の粒を手の平に受け、淡雪のように消えるそれを眺めながらつぶやいた。
年齢は二十歳を少し過ぎたぐらいだろう、青みを帯びた黒髪で、長さは男性にしては少し伸ばしている方だった。クールな顔立ちをしているといえば聞こえがいいが、冷淡な雰囲気があり、お世辞にも人当たりは良さそうには見えない。
身長は平均よりは高いものの、細身であるので逞しさはまったく感じられなかった。彼を一言で言うと、クールな優男というのが一番しっくり来るだろう。
「さて、お仕事お仕事。貧乏人は働くなくちゃ、いつまでも貧乏人」
クールな優男はイベントの熱気の冷めやらぬどころか、違う意味で熱気を帯びてきた広場を冷めた気持ちで後にした。
ドラゴニア親善使節団――竜と人との共存を理念として旧魔王時代に建国された最も歴史の古い親魔物国家竜皇国ドラゴニアが、他の親魔物国家と友好関係を結ぶためと、観光客を勧誘するために派遣される使節団であった。
ドラゴニアは辺境ではあるものの、豊かな自然と独自の文化を持っているために、魔物夫婦たちには、行ってみたい場所として不動のトップスリーの一角を担っていた。ちなみに、他の二つは王魔界とジパングである。
そういう観光立国としての一面を持ってはいるが、他ではレア魔物とされるドラゴンが多数いることや、竜騎士と呼ばれるドラゴン属の魔物に騎乗する騎士を有する軍事大国でもあった。
こういった軍事大国の側面は、同盟している国にもある種の圧力を無言でかけてしまう。要するに、ドラゴニアにその気がまったくないのに、その軍事力を背景に攻め入ってくるのではないか? そんな疑念を同盟国ですら抱かせてしまうのであった。
高い飛行能力のあるワイバーンがいるので、遠く離れた国であっても安心はできない。極端な話、力あるドラゴンであれば、それが単騎であっても同盟国にとっては十分すぎるほど脅威なのである。
もちろん、そんなことは魔物を深く理解していれば、天が落ちてくるのを心配する杞憂よりも馬鹿げたことだが、姿が見えないことは人の心に不安という魔物を育てる魔界を
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