カタコンベ

 カタコンベに入るために必要な書面を受け取り、その足で街の北西、郊外の墓地に向かった。
 話を聞いた限りでは急を擁する上に重大な案件だ。仮に俺の手に余るものだとしても、何もせずにこの街を去るのは如何にもまずい。
 あの大司教はとんだタヌキ野郎だった。覇気を失った姿すらも織り込み済みで俺を試したのだと思いたくなるくらいには。ノエルといういけ好かない魔物にしてもそうだが、依頼内容を知った上で去るものには相応の備えがあると想像できる。事情を耳にした以上、何もせずに離れるような選択肢は俺にはない。たとえそれが過去に追いつかれたものだとしても。
(覚悟はしていた筈だ……いつかは過去に追いつかれると)
 聖騎士という過去を言及され、心を乱されたのは否定できない。
 栄誉と誇りを持って歩んでいた道。たとえ脇に逸れたとしても、その足跡は簡単に消えることはない。いや、こんな感傷を持つことが無駄だ。今はただ、提示された問題に向き合うべきなのだ。
 通りを外れ、路地を抜けるとやがて人の気配が途切れる。眼前には鉄柵で区切られ墓地が見えた。中心に大きな石碑を置き、放射状に拡がった道がそれぞれ墓石へと伸びている。そこから一際大きな幅を取っている道は、小さな家のような、霊廟へと続いていた。それこそがカタコンベの入り口であるという。
 霊廟に扉はついておらず、近づくと、開かれた入り口からは下り坂の階段になっていた。さながら大口を開けた大蛇のようだ。俺は今からその中に踏み込み、大司教の娘の亡骸を回収してこなくてはならない。それが出来なくとも、聖騎士団の現状は把握しなければならないだろう。
 踏み入れる前、遠く背後から鐘楼の鐘が時刻を告げるように鳴った。日が暮れ始める時間の合図だ。気の進まないまま、義務感で足を動かして降りていく。
 下り坂の終点には大きな鉄扉があり、みっちりと閉じられていた。あらかじめ伝えられた手順の通りノックをする。振動もしないくらい完璧な硬度のようだったが、音はしっかりと伝わっていたらしく、少しするとゴトリと物音が聞こえた。そして鉄扉の一部の板が横にずれ、僅かな格子窓が生まれる。中には兜姿が見えた。手に持っていた書面を手渡すと、すぐに窓は閉じられる。
 まるで外の空気を断つような態度だが、実際そうなのだろう。代々聖なる遺骸を守り続けてきたカタコンベの番人が、気楽に構えている筈もないのだ。しかも今は行方不明者多数という厄介な問題が表出している。
 やがてゴゴゴと物々しい音がして、でかい閂が引き上がる音がした。ゆっくりと扉が開かれる。
 地下室の空気はやはり異質で、カタコンベの入り口は小さな詰め所になっており、奥には同じような鉄扉がさらに控えていた。詰め所にいるのは2人分の甲冑、どちらも聖騎士団の所属と分かる意匠をつけている。
 2人は無言で頷くと、ひとりが入り口の鉄扉を閉め、もうひとりが奥の鉄扉の錠を外した。この様子では当然、俺が中に踏み入った後も固く閉じられるのが決まりだろう。
 不意に、アイツのことが気に掛かる。依頼のことで頭がいっぱいで、ひと声かけてから来るのを忘れていた。考えても詮のないことなので、俺は頭を振って思考を切り替え、カタコンベの内部へと足を踏み出した。


 ○


 一歩目で感じたのは空気の重さだった。息苦しいわけではない、むしろ思っていた以上に澄み切っていて清潔感すら覚える。しかし場の空気、圧力が想像よりも"濃い"。
 カタコンベの最初の部屋は小部屋だった。入り口の両脇に聖像が並んでおり、常夜灯のような淡い明かりが部屋の隅に設置されている。正面には通用口と思しきものがひとつだけある。扉はなく、開け放たれた通路が延々と伸びている。
 次の部屋に入ると、すぐに理解が出来た。通路は十字型に四方へと伸びており、さながら蟻の巣のように、部屋同士が連なる配置になっているのだ。大きさはまちまちだが、見晴らしの間隔的に正方形の作りは同じだ。
 壁はすべて積み上げられた石材だった。通路を避けた壁には長方形に抉られた穴と、おそらく棺であろう木箱が少しの余白をもって収容されている。木箱は密度が異様に高く、腐食と湿気に強いグリオーク材で作られていた。遺骸を納めるものとしては最適だろう。そこにはおそらく、聖別された歴代の司祭や聖騎士団の面々が眠っている。
 全体の広さは分からないが、見事に区画整理されているので迷うことはなさそうだった。むしろ見映えが変わらなすぎるのが問題だ。まずは端を知るべきかと正面の道を突っ切って進む。大まかな広さが掴めれば当たりもつけやすい。
 カツカツと石畳を踏む音だけが響く。どこからか風は通しているようだが、静かだった。しかしイヤな静寂ではない、神聖な空気がもつ荘厳さがもたらす沈黙である。何かが起こるような、起こらない
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