「ひゃっはー!」
宿屋の部屋に入るや否や、少女は一も二もなくベッドに飛び込む。柔らかく弾力を持つマットは衝撃に屈することなく反発し、少女の身体を幾度もはね飛ばした。その度にわーきゃーと上がる叫び声にヴォルフは首を振る。
「やめろ。みっともない」
「これこれ! これだ! たまんねえ!」
まさに子供だ。ヴォルフの言葉は少女に届いていないらしく、ひとしきり跳ねまわっていた。
やがて満足したのか枕を抱いて深呼吸しだす。息を荒げ頬を紅潮させた少女がベッドに寝そべっている構図はヴォルフの理性に多大なるダメージを与えたが、どうにか踏みとどまる。普段と違ってそれなりに見られる服装をしていることが大きいのだろう、シチュエーションの生々しさが違う。
「その妙な儀式は毎度やらなきゃ気が済まないのか?」
「うるせぇな、オレの勝手だ」
「ここは借りた部屋だ。無茶をして壊しでもしてみろ、すぐに叩き出してやるからな」
「知ったこっちゃねえや。久しぶりのベッドだ、邪魔するヤツは容赦しねえぞ」
「はあ……勝手にしろ」
ノエルとの食事を終え、紹介されたのがこの宿屋だった。紹介に相応しく立地も内装も設備も一級品の高級ホテルだ。少女が居なければヴォルフもはしゃいでしまっていたかも知れない。
『教会とは別に、私からも依頼料を払うつもりだ。この街に居る間の住まいと食事は私から提供しよう』
ノエルはそれだけ告げ、また煙のように去って行った。
これまでのどの依頼よりも高額で手厚く、体験したことのない厚遇だ。おいそれと答えは出ない。それだけにゆっくりと考える時間が欲しかったのだが、少女が共に居てはそれも難しかった。なぜ別々の部屋にしてくれなかったのかと文句を言いたい気分だったが、そも少女を連れてきたのは自分の判断なので諦める他ない。ノエルの手前、あえて素性を誤魔化す理由もなかったのだが。
ヴォルフの心情なぞ露知らず、少女はご満悦の表情でシーツを撫でている。
「そんなに気に入ってるならここに住めばいい」
「お前が住みたいならオレも住んでやるぜ」
「寝言は寝て言え」
これはいつものやり取りだった。毎度毎度、ベッドに並々ならぬ愛着をみせる少女だがヴォルフが決めた宿泊期間以上に居座ろうとしたことは一度もない。名残惜しそうな態度はみせるのだが、ヴォルフが立ち去ると必ず後をついてくる。以前、あえて長めに宿泊代を払ってこっそり抜け出し、少女を留まらせようとしたこともあったが無駄金を積んだだけに終わった。
ヴォルフは窓際の椅子に腰かけて思案に耽る。魔物が潜み機会を窺っている街のこと、不可解な依頼のこと、部屋にベッドがひとつしかないこと……考えることは多くあったが、まずは確かめなければならないことがあった。
「お前、あのノエルって女をどう思う?」
ノエルと名乗った女。掴み所のない劇団長。底知れない魔物。
強力な魔物と出会った場合、常ならば厄介事を避けるため、速やかに距離を置いているところだ。これまでの旅でも手に負えない魔物に襲われた時は素直に撤退している。少女も、戦わずに逃げるということに抵抗を感じてはいなかった。
だが相手は表面上、友好な立場を示している。裏があるかも知れないが、教会の依頼を受けて欲しいという意思自体にウソはなさそうだ。問題は依頼を受けた先にある何かを読み切れないこと。
あまりに慣れない事態の為、藁にでもすがる思いで少女の意見を聞いてみたかった。その野性的なセンスから導き出せる意見はどういうものか。
「あー?」
対する少女はつまらないものを見る目でヴォルフを見返す。
「気持ち悪ぃ幽霊女だが、お前の印は消させたし……どーでもいいな。うまかった飯もこのベッドもアイツのおかげなんだろ? ならもう言うこたねぇ」
枕に顔を埋めてご満悦の表情で匂いを嗅いでいる。あくまで自分の欲望に正直な態度にヴォルフは呆れるしかなかった。脳天気な少女のことも、そんなのを当てにしていた自分にも。事態に振り回されて正常な判断を失っている証拠である。まずは肩の力を抜かなければ。
「そうか。なら俺も好きにさせてもらう」
「おー、そうしろそうしろ」
気の抜けた声で少女はうつ伏せに枕を抱え、子供のように足をばたつかせていたが、ふと思い立ったように流し目を送ってきた。
「なんなら、まずひと休みするか?」
ちろりと唇を飛び出した舌がうごめき、瞳が妖しく輝く。せり上がった尻が誘うように揺れるのを目にしたヴォルフはカッと胸が熱くなるのを感じた。火の恐怖を覚えた獣が火元から距離を置くように少女から目を逸らす。
「馬鹿を言うな」
「ん〜? オレはひと休みっつっただけだぜ?」
確かにそうだ。ヴォルフは反論の言葉をぐっと飲み込む。
「それに、一度おっぱじめたらひと休みじゃあ済まねえよ。それでいい
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