「気に入った! これだ!」
黒肌の上に衣装をまとった狼少女が満足げに頷く。ヴォルフの要望通り、衣装は踊り子風ではなく、軽装の冒険者のようになった。
ヘソから上下を分けたセパレートの布地を、革製のベルトで上から固定する形状。胸の谷間で挟むように通った革ベルトは胸の下を支え、逆さT字で胴を回り、首元のチョーカーに固定されている。胸の谷間を横断する都合上、形の良い乳の輪郭が強調される形だがきっちりとインナーで覆っているので許容範囲だろう。首や腕、足首にも革ベルトが巻かれていて拘束具を彷彿とさせるデザインだ。大胆だが洒落もので通せる範囲ではある。
まぶしい腋を出し、ヘソを晒し、太ももを見せびらかす露出の多さに目を瞑ればだが。健全か性的かで言ったら限りなく性的だ。破けた外套よりはマシと思う他ない。
「大変似合っておいでですよ」
「おう! 当たり前だな!」
「……」
店員はべた褒め、少女は得意げだ。水を差せば後が面倒くさいので流すことを決めたヴォルフだった。少女は少女でヴォルフの反応など気にもしてない。『似合うだろ?』なんて言われようものなら口が勝手に皮肉を吐きそうなのでありがたい限りである。
「俺にはこれを売ってくれ。金はこいつで」
目星をつけていた新品の外套を見せながら追加で金貨を並べる。すると店員は困ったように眉根をひそめた。
「失礼ながらお客さま。こんなに頂くことはできません。せめて半分で……」
「なら情報を売ってくれ」
店員の言葉に被せ、ヴォルフはカウンターに肘をついて身を乗り出す。
「さっきの妙なやつ、ノエルと言ったな。あいつについて教えて欲しい」
「ノエル様ですか?」
キョトンと目を瞬かせ、店員は応じる。
「特別なことは何も存じ上げません。劇場で座長をなさっていて、衣装や布類をよく注文いただいています」
「劇場?」
こんな街に劇場があるのか?とヴォルフは驚いた。
「私ごときに聞くまでもなく、この街にいれば誰でも耳にしますよ。中央通りの大劇場──アンデッドフールの座長と言えば聞かない者はいないでしょう」
「……そうか」
店員は取り立てて特異なことを言っている風ではない。至極当たり前のことを喋っている様子だ。
その事実こそがヴォルフの不安を煽った。
(アンデッドフール……死にぞこないの愚か者? 死者の馬鹿騒ぎ? ふざけた名前だ)
劇場の名前は特別おかしくはない。大衆へ迎合する集団に煽り立てる名前は珍しくもないからだ。ただそれは、普通の都市ならばの話である。
(ここは宗教都市だろう。なぜ芸人がいて劇場がある)
教会と相反する刹那的な文化。教義をあざ笑うかのような名前の劇場。そんなものが当然に存在する理由。そこから導き出せる答えは……。
「おい」
ヴォルフの思考を遮って、少女が険のある声をあげた。
「オレの前で他の女の話かよ。いい度胸じゃねえか?」
「は?」
なにをバカなと鼻で笑う。そんな色気ある話などでは決してない。だがヴォルフの余裕とは裏腹に少女の様子は妙な具合だ。
「お前なあ、……っ!?」
何事かを言いかけた少女は、不意に、ヴォルフの右手を掴んで引き寄せた。掴んだ手に鼻を寄せ、ハスハスと匂いを嗅ぎ出す。興奮のせいか鼻息がひどく湿っぽい。
「お、おい」
店員も驚きに目を丸くしていた。荒い鼻息はこしょばゆく、手を嗅がれているのを見られているのも恥ずかしい。だが少女は周囲の反応など気にも留めず、あろうことか、ざらりとした舌で手のひらをベロリとひと舐めした。
「な」
なにしやがる、という罵倒は、次に襲ってきた感覚にかき消される。
「っつぁ!?」
熱い。
痒さやくすぐったさよりも、舌で舐められたどの感覚よりも。それらの後を追ってきた、灼けるような熱がすべてを塗り潰す。血の勢いが増し、手の平の血管がドクドクと脈打つのを感じる。まるで灼けた鉄具を掴んでしまった時のような。しかし、不思議と痛みは感じない。"熱い"という感覚だけが鮮烈に襲ってくる。
「お、お客さま!?」
「ぅぐ!」
狼狽する店員を気に掛ける余裕もなくヴォルフは悶えた。手を掴んだままの少女を苦悶の表情で睨みつける。
少女の方はというと、ヴォルフの様子など歯牙にもかけず、じっと手のひらを観察している。
「――消えねえ……!」
そう呟いてパっと手を離す。
「くそがっ……!」
吐き捨てるように呟き、全身の毛を逆立てた憤怒の表情で店を出て行ってしまった。呆気にとられながらヴォルフが自分の手のひらを見ると、何やら緑色の印が浮かんでいるのが見える。
(なんだ……この模様……?)
眼をデフォルメしたような不気味な造形だったが、瞬きをする間に消えてしまう。呆然とするが最優先事項を思い出した。
この街で少女をひとりにするのだけは絶対にマズい。慌てて
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