03.再戦

 魔物を退けてから数日、ユーゴは時の人となっていた。
 数週間とはいえ、街と街を繋ぐ交易路のひとつが魔物によって脅かされていた事態は少なくない影響を与えていたらしい。交戦後、街にたどり着いたユーゴを、先に着いていた御者と話を聞きつけた町民たちは諸手を挙げて迎え入れ盛大に労った。
「おれは火の粉を払っただけだ、追い出したわけじゃない。結果を期待するなら報酬を出して雇うんだな」
 ユーゴはそう告げたものの、その日を境にして魔物たちはすっかり姿を見せなくなっていた。
 3日を過ぎて幾つかの交易が行われたのち、ユーゴの実力をみた魔物たちは恐れをなして逃げたのだ、というのが人々の認識になった。
 それを受けて町長がユーゴに感謝と謝礼を贈ると告げたのが今朝のこと。
 用事のせいで町に留まらざるを得なかったユーゴは逃げ切れず、観念してそれを受け取ったのが、つい先ほどのことだった。
 そして夕暮れどきの酒場に場面は移る。

 ●

「ハハハ! 辛気臭い顔をしていると思ったがそういうことか! こいつは愉快だ!」
「笑い事じゃねえよ、兄貴……」
 周囲から好奇の視線を浴びながら、ユーゴはうんざりした様子で杯をあおった。同じテーブルに座っているのは、ユーゴと似た顔つきに眼鏡をかけた男、ユーゴと血を同じくする兄である。
「あんたがこの町を指定したせいで面倒ごとに巻き込まれた。あんたのせいだ」
「私のせいなのか? まあ、弟が更に名をあげたのはめでたい。ここは奢ろう、好きなものを頼め」
「ふん。……それで、話があるってのは何だ?」
 ユーゴと兄は昔、2人で傭兵をやっていた。ユーゴは傭兵稼業を続けているが、兄は稼いだ資金を元手にして商会に身を置き、安定した暮らしをしている。
 滅多に会うことのない二人だが、筆まめな兄は商会を利用して頻繁にユーゴと連絡を取っていた。
 兄は笑顔を収めてひとつ咳ばらいをすると、ユーゴの顔を真っすぐに見てハッキリと言った。
「結婚する」
「そうか、おめでとう」
「む。驚かないんだな?」
 予想はしてた、とユーゴは投げやりに言う。馬鹿正直な兄は、弟とやり取りする手紙の中に自分の溢れんばかりの熱情を赤裸々に書いてきたことがある。送り先を間違えていて欲しいと思ったほどだ。
 この様子ではその女だろうと思いつつ、念の為に尋ねる。
「相手は手紙に書いてあった女か?」
「ああ。──普通の人では、ない」
「……なるほど」
 兄の表情を見て察しをつけるユーゴ。確かに、手紙で済ますには少々込み入った話である。
 女は魔物か、とユーゴは内心で結論を出す。
 傭兵としてあちこちを巡った経験上、そういう夫婦がいることは知っていたし、組んで仕事をしたこともあった。ユーゴ自身に「魔物なんてダメだ」という偏見は無い。
 ただ、ここは主神教が根強い町ではないが親魔物領というほどでもない。魔物による被害もあったことだし、安易に口に出す話題ではなかった。
「兄貴が決めた相手だ、おれは支持する」
「ありがとう」
 ケロリとした顔のユーゴを見て、兄は胸を撫で下ろしたようだった。
 そうして、前回の手紙から空いた期間の近況報告を交わした後。
 そろそろお開きかと考えていたユーゴに、兄が告げた。
「お前の方はどうなんだ?」
「そういう浮いた話はないな」
「あー、いやそうではなく。この先、何がしたいと思ってる?」
「先?」
 いまいち話が掴めずに聞き返す。
「人は欲が無くては生きていけないと私は思っている。以前に『もっと名の知れた傭兵になりたい』とお前は言っていたよな。半端モノで終わった私と比べて、お前はもう十分立派な傭兵に見えるよ。それはどう思っているんだ?」
「……」
 分からない、と答えることは出来なかった。
 ユーゴ自身、自分がそれなり以上の実力を身に着けたことは感じている。しかしそれは、肉体的にも精神的にも円熟した今こそ思えることだった。この先、それをずっと維持していられる自信はない。
 今が全盛期。
 では、その先は?
「……私のパートナーには出会いを欲しがる知り合いが多い。お前が望むなら、相応の場を設けることくらいは出来るぞ」
「──いや、そういうのはまだいい。気持ちだけ貰っておく」
「うん、そうか」
 それ以上は踏み込まれなかったことに、内心で安堵するユーゴだった。


  ●


 酒場で兄と別れたおれは、ほろ酔い気分のまま宿屋への道を歩く。
 表通りを歩くと事件解決の評判を聞きつけた町人がうるさいので、ひっそりとした裏道を選んだ。日の落ちた時間ではあるが、建物越しに酔っ払いたちの喧騒が響いてくる。
 店に入る気分ではないが、出店で軽食でも買って帰ろうかと逡巡する。兄がかけてきた言葉が引っかかり、このまま寝る気分にはなれなかった。
(人は欲が無くては……か
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