「むかつく! むかつく! むかつく!」
気絶してしまった二人を住処の洞窟に連れ帰ってから少し経って。
目を覚ましたフウコちゃんは憤りを露わにしていました。誰よりも負けず嫌いな性格ですから、何食わぬ顔で打ち負かしてきたあの殿方のことがとにかく癪に触ってしまうようです。私はオロオロと情けなく声を掛けるしかありません。
「あ、えと、ご飯を食べて元気出しましょう? 好きなものを作ってあげるから……」
「うるさい! むかつく! お肉が良い!」
当たり散らす口調にビクビクしてしまいますが、しっかり声は届いているようで一安心です。叫ぶフウコちゃんを後ろに私は洞窟奥の保管場所に向かいました。
人間たちから奪い取った物資はまだまだ潤沢にあるので、要望に応えるだけの余裕はあります。木箱を漁り、上等な干し肉を適当に見繕い、付け合わせのソースも手に取ります。これだけでは物足りませんから、果物と野菜でサラダとスープも作りましょう。
「すまないな、カエデ」
不意に、横合いから手が伸びて私より先に果物を掴みました。ハヤテちゃんです。
「私も手伝うよ」
「あ、ありがとう。でも無理はしないで休んでても……」
フウコちゃんと同じでハヤテちゃんも気絶するほどのケガを受けました。後ろで隠れていただけの私が負担を押し付けるわけにはいきません。
けれどハヤテちゃんはかぶりを振って苦笑いを浮かべました。
「私も悔しくて叫び出したいくらいなんだ。手を動かしていた方が気が紛れる、手伝わせてくれ」
「あ……うん」
こんなことを言うハヤテちゃんは初めてです。私はなんと答えて良いか分からず、曖昧に頷きました。
材料を手に取って台所に向かい、ハヤテちゃんと調理に取り掛かります。といっても、火を使うのはスープくらいでほとんどは取り分け作業でした。お互いに黙ったまま作業し、ぱちぱちと火の音だけが響きます。……いえ、入口の方からフウコちゃんの叫び声は聞こえてくるのですが。
不意に、ハヤテちゃんが声を出しました。
「……怖い思いをさせたな。すまなかった」
「え」
ドキリとしてハヤテちゃんの方を向きます。ハヤテちゃんは、手元のレタスを千切りながら続けました。
「私たちが襲撃に失敗したらカエデが魔法で吹き飛ばして脅威を見せつける。そう作戦を立てたが、そのせいで後衛が潜んでいることがバレてしまった。壺を割られてしまったのは私のせいだ、カエデのせいじゃない」
「……そんな……」
なんてことでしょう。ハヤテちゃんは、皆で集めた魔力の壺を割られてしまったことを気に病んでいると見抜いていたのです。私は、またしてもなんて答えていいか分からず、茫然とするしかありませんでした。違う、私がもっと、ちゃんとしていれば……
「だがまあ、あれほど見事にしてやられるとは予想外だった。人間にも恐ろしい使い手がいるものだな」
ハハ、と笑い飛ばして会話を区切られてしまい、私は口を開くタイミングを失ってしまいました。ゴボゴボと水の沸騰する音で我に返り、調理に集中して誤魔化します。
ああ、なんて情けない。
●
カマイタチという獣人の魔物は3匹で行動を共にする珍しい生態をしている。
個々それぞれで意思、魔力、身体は独立しているものの、獲物──番とする男性はただ一人という風変わりな特性を持っており、狩りに際しては3匹で異なる役割を担うという。
すなわち。
壱の風は獲物を捕らえて押し倒す重き風。
弐の風は獲物を切り刻み戦意を削ぐ鋭き風。
参の風は獲物を癒し虜にする優しき風。
つまりは、初手で獲物の動きを止め、次点で致命傷を与え、最後に傷を治して依存を誘うという流れ。襲った獲物を治療することまで含めて実に魔物娘らしい合理的な狩りと言える。
しかしながら、この洞窟に住みついた3匹はその限りではない。
壱の風を担うフウコは小さな身の丈に合わない刃を振るうので獲物を捕えきれず。
弐の風を担うハヤテは少ない魔力のせいで十分な裂傷を負わせることが出来ず。
参の風を担うカエデに至っては狩りが怖くて前に出てこれない。
結論、ポンコツなカマイタチたちが寄り集まっていたのである。
●
「むかつく! おいしい! ありがとう!」
フウコちゃんのパクパク、ズズーっと気持ちのいい食べっぷり飲みっぷりはとても嬉しいのですが、肝心の機嫌は直ってくれませんでした。食事時ではまず聞いていなかった大声にソワソワしてしまいます。
ハヤテちゃんは凛とした佇まいで、ゆっくりとスープに口をつけながら言いました。
「食べる時くらい落ち着いたらどうだ、フウコ」
「うるっさいわねぇ!」
唾を飛ばして険のこもった視線を向けるフウコちゃんにギロリと鋭い目でハヤテちゃんが受け止めます。ああ、どうしましょう。せっかくの
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