01.出会い

 うっそうと生い茂る林を切り開いて作られた林道を幌馬車が行く。ガラガラと車輪が石を蹴飛ばす音はやかましく響き、木々に潜む小動物たちが我先にと逃げていくのが見えた。
「ちょうどこの辺りですよ、ユーゴの旦那」
 馬車の手綱を握った御者が、荷台を振り返りながら言う。
「酒場で騒がれてた場所でさ。何ぞおかしなところはありますかい?」
 おどけるような口調には緊張が滲んでいた。噂話の当事者になる可能性があるのだ、無理もないだろう。
 ユーゴと呼ばれた男はのっそりと立ち上がり、周囲を見回した。不安定に揺れる馬車の上に立っているとは思えないほどゆったりとした立ち姿である。短く刈り揃えられた黒髪に精悍な顔つき、いかにも腕に覚えのありそうな風貌であった。
 ユーゴはひとしきり林を眺めた後、引き結んだ口を開く。
「──魔力の残滓がある、居るぞ」
 冗談を言う面ではなさそうな男だが、いっそう重みのある言葉だった。
 ごくり、と生唾を飲み込んだ御者は不安そうに荷台の荷物を見やる。そこには紐で固定された箱、積み荷の商売品が所狭しと積まれていた。
 林道のとある箇所で商人が襲われる被害が多数報告され、隣町との交易がしばし滞っているという話があった。これは商機と、護衛に傭兵を雇って渦中に飛び込み、あわよくばボロ儲けしようと挑む者たちが湧くのも自然の流れである。
 ただこの馬車の主たる御者は、傭兵を雇い切る金もなく、己の身一つで飛び込む無鉄砲さであった。たまたま隣町に用事があるという傭兵ひとり、足を貸すついでに雇うのみ、金はほとんど交易品に費やしている。上手いこと転がれば、馬車ひとつ駆け抜ければ済むのでは?と楽観視すらしていた。
 しかし、魔力の気配があるということは……それ相応のナニカが居るということである。明確な敵意を持ったナニカが。
 御者がふと道の端を見やった時、ぶるりと、怖気が背中を覆った。今さらになって冷静な感情が結論を導き出す。。
 すなわち、命あっての物種という大前提。
「……旦那。ここらで荷を置いて駆け抜けるってのはどうだい」
「構わんが、お前はいいのか?」
「良くはねえサ。でもほれ、そこにバラされた馬車がありやがる。見ろよ、あの断面……」
 御者が指さした道の脇には、土を被った布と木組みの残骸が転がっていた。男の腹周りはありそうな野太い材木がズッパリと断たれているのを見れば、人外の仕業であることは明白。つまりは魔物が相手。人が敵う存在ではない。
「すっかり目ぇ覚めちまったよ。バカなことを考えたもんだ、こんなとことっととおサラバして、」
「──伏せろ」
 不意に。
 ぐっと御者の頭を押さえつけ、ユーゴが身を乗り出した。息を詰まらせた御者の耳に、ギャリギャリと金属の擦れるような音が響く。数瞬遅れて、ゴウっと木々を波立たせる突風が身体を包み込んだ。背後からはビリビリと布の裂ける音が聞こえてくる。
 半ばパニックになるものの。平手で背中をバシンと叩かれた刺激で我に返った。
「な、なんだぁ!?」
「走らせろ」
 言いながら、ユーゴが御者の手を引っ掴み手綱を大きく打った。馬たちは嘶きで応え、我先にと駆け出す。
「街まで走り切れ」
 脅しのような強い言葉に、御者はガクガクと首を縦に振って応じる。なるようになれ、とヤケッパチで手綱を握りしめて前方を睨みつけるのであった。


 ●


 初撃を防げたのは偶然だった。
 魔力を吸収して放つガントレット……傭兵たる自分を象徴するこの魔道具は、若い時分にダンジョンで手に入れた愛用の武具だ。魔力を吸収する特性からか、大きな魔力に対して僅かに「鳴く」。その感覚を掴むのには長らく苦労してきたが、モノにしてからは幾度となく窮地を凌ぐことができるようになった。腕利きと呼ばれるようになったのもこれのおかげだ。
 その腕をもってしても、先ほどの初撃を防げたのは偶然だったと言える。
 馬車を真一文字に裂く軌跡の風切り刃──たまたま馬車から身を乗り出せる位置にいたから先んじて受けることが出来たのだ。もしこれが座った状態で放たれていたら、幌が半分切れるだけでは済まなかっただろう。だが。
(……予備動作がずいぶんと大きい)
 ユーゴはひとりごちる。
 駆ける馬車に追いすがれる速さは動物型の魔物であれば珍しくはない。ただ、魔力を用いて攻撃を仕掛けてくるのは珍しい。
 が、肝心の遠距離攻撃がずいぶんと大雑把である。不意打ちの初撃とは違い、来ると分かっていれば防ぐのは容易な攻撃だった。貯めてから放つまでに時間が長すぎるのだ。
 難なく3発ほど防いだところで、埒が明かないと判断したか、林の向こうの魔物がぐっと身を屈める気配があった。
 何かを狙っている。
 一点張りの勝負勘で、弾みをつけて身を大きく乗り出す。
 魔物が放ったのは、地を這うよ
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