7.そしてまた明日

「だりぃ。わざわざ時間ずらしてまで体育やらせるかね」
 火曜日の朝。
 とある高校の体育館の隅に腰掛けたクラスメートが、隣に座る男子生徒にぼやいた。
 学校では連日の熱波を受けた対策で、体育の授業を日照のまだマシな午前に移して実施させていた。とはいえ太陽光を直接食らっては意味なかろうと室内バスケが選ばれたので、徐々に熱がこもってきてダラケ気味である。体育教師も程よく休みをとらせる為か、チーム分けで試合を組んでいた。
「ああ」
 声を掛けられた龍馬は力なく応じる
 今の龍馬とクラスメートらは合法サボリタイム。無論、真面目に試合観戦などする訳がない。男子共がやり合う向こうのコートで、可憐な女子チームの雄姿を眺められる位置に陣取っていた。
「うわ、ぷるんぷるん揺れたわ。見た?」
「うん」
 応える龍馬は心ここにあらずといった様子。その反応にクラスメートは口を尖らせる。
「んだおい、つまんねえ態度。昨日何かあったんか?」
「おー。……え、なに?」
「昨日だよ。ひとっことも喋らねえし黙って帰りやがるし。どうかしたんかと思ったわ」
「あー……」
 昨日どころか。
 ついさっきまでセックスしてたんだわ、などと言えるわけもなく。龍馬は頭を振って煩悩を振り払った。油断すると意識を持っていかれるのだ。
 通常、人間の脳は24時間の記憶を7割忘れて整理する。だがインキュバスとなった龍馬の脳は土曜13時から今朝6時まで65時間もの出来事を鮮明に覚えていた。彼女とどう愛し合ってどう求めあってどう鳴かしてどう鳴かされたか。片時も離れず突き込んだ膣の感触から舐めとった汗の味、飲まされた唾の喉ごしまですべて思い出せてしまう。
 人外としての驚異的な回復力で表面上は何事もなかったかのように見えるが、龍馬自身はまだ、彼女の爪が腕を背中を引っ掻いているような気がして仕方がない。それ故に、いきなり日常生活に放り込まれても現実感がなかった。
「何もねえよ」
「そうかあ?」
「あれ、最近でたゲームにハマってさ。徹夜してやってんの」
「あーね。好きだねお前も」
 他愛ない言葉を交わしていても、彼女の顔が、声が、匂いが、ひどく恋しい。どれだけ深く交わろうと、いや深く交わったからこそ、彼女の存在感がどんどん増していく。
 もはや彼女なくしては生きられないという確信を抱いて、龍馬は目を閉じた。


 ○


「お前ほどの生徒を呼びだすことになるとはな」
 火曜日の昼。
 とある女子高の一角に設けられた生徒指導室なる一室で、ストライプのスーツに黒タイツを履いた女教師が嘆息する。椅子に腰かけ長い脚を組んだ姿は非常にセクシーだがそれに鼻を伸ばす生徒はここには存在しない。
 沈痛な面持ちで教師と向かい合う尾瀬桜羅がいるのみだった。
「申し訳ありません」
 教師の溜息に、桜羅は頭を深々と下げて謝罪した。
 彼女が身を包んでいるのはこの女子校の制服で、あの夜に身に着けていた制服とはまた違う。白いブラウスには肩から袖に掛けてラインが入っており、チェックではなく無地のスカートを履いていた。潜入活動の都合で近隣の学校の制服はすべて組織から支給されているが、今の彼女が袖を通しているのは彼女本来の制服だ。
「別に謝罪しろというわけではない。この場では教師と生徒。無断欠席という事実に対してはケジメをつけねばならんだけだ。
 と言っても呼び出したのは小言のためじゃない、他への示しをつけるためだ。ここには"私たち"以外の生徒もいるからな」
 あっけらかんと告げる教師に桜羅は怪訝な顔を浮かべた。
「処罰は……?」
「あるわけなかろう。愛する男との睦言はすべてに優先する。基本中の基本だ」
「はぁ」
「時間も予定も全て忘れて愛し合う……。実に良い。羨ましいくらいだぞ」
 教師はニヤリと笑い、桜羅は静かに赤面する。首に手を当てたのは無意識だった。
「時間を潰しがてら初体験の感想を訊きたいところだな。最初はタガが外れやすいものだが、こうまで乱れるケースは中々ない」
「いえ。私は……」
 言葉を濁す桜羅に教師は鷹揚に頷いた。
「分かっているとも。普通は嬉々として語りたがるものだが、お前のように慎ましいのも悪くない。
 何も言わなくていいぞ。どうせ私の目からは逃げられんしな」
 少し前のめりになり、顎に手を当てまじまじと桜羅を見つめる女教師。すべてを見通すかのような視線に桜羅は身を固くした。
 何を隠そう、この女教師は過激派魔物勢力を抑える組織に属し、桜羅を始めとする構成員を養成する立場にあるダークエルフなのだ。調教を得意とする種族性と経験に裏付けられた観察眼は、未だ発展途上の桜羅など容易く見破るであろう。
 案の定と言うべきか。ものの数秒で、女教師は目を半月に歪めた嗜虐的な笑みで舌なめずりした。心なしか息が荒い。

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