「知ってのとおり、人間の男性が多く保有する『精』と呼ばれる生命エネルギーは我らのもつ『魔力』と強く結びつく関係にある。その特性は『魔力』と同じ、当人の意思や感情を乗せて様々な形で現れる。
しかしこの世界においてそれを意識的にできる人間は皆無と言っていい。
極限状態で発現することはあってもそれらは『奇跡』と分類され、『精を駆使した技術』という認識にはならないのだ。それが退化の結果なのか意図的にそう設定されているのかはまさしく神のみぞ知る話。我らのあずかり知らぬところだ。
留意すべきは無意識の危険性である。
己の内にある『精』を意識していなくとも人はそれを放つことができるし、あらゆる特性を付与できる。無論、できると理解しているほど変化の幅は広がるが、心から願うだけでも凄まじい出力を発揮する場合がある。その力は決して侮れん。
例えば……そうだな。
熟練のダークメイジが『絶対に孕みたくない』と子宮に何重もの防護壁を張ったとしても、凡庸な男が『絶対に孕ませてやる』と膣を抉じ開けて放った精はそれを容易く突破できようという、」
「教官! 女が組み敷かれている前提では無理がありませんか!」
「誘い受けだよ! ぜったい口元にやけてるよ!」
「破られる度に絶頂するギミックつけてそう……」
「そんな簡単に孕めるなら苦労しねえし! 旦那の気合いが足りないってか! なめんなコラッ!」
「サカるな貴様らッ! ものの例えだ! 座れッ!」
バシバシと鞭を振るうダークエルフの教官と色めき立つ訓練生たち。
それらの騒ぎを遠目に、教室の後ろでくぁっと欠伸をしているのは尾瀬桜羅だった。運動ジャージに身を包み椅子にだらしなく腰掛けている。
高校入学を間近に控えた春休み。現代に潜む過激派魔物勢力による工作活動を阻止するべく発足された秘密組織の集中講義が行われていた。
今の講義は「精と魔物の関係について」。幼い頃から潜入活動を経験している桜羅からすれば既知の上、退屈でしかない内容だった。
「眠そうだねぇ」
不意に横から声が掛かる。
桜羅が声の方向に顔を向けるも誰もいない。それに驚きもみせず、桜羅は奥歯を噛み締めて大口を閉じた。
「身が入らん。まだ戦術指南のがマシだ」
「武闘派だね。まあ精と魔力なんて幼稚園の頃から聞いてる話だけどさ」
何もない空間から声だけが聞こえる異常な状況だが桜羅は気にもかけない。それが当然と会話を続ける。
「そっちは体術訓練だろう。サボりか」
「どっこい私だけ別メニューさ。わざわざ実体作って組手する意義はありますかって抗議したらば時間いっぱい逃げてみろと言われてね。外は使い魔が追ってくるから避けてきたんだ」
言われて廊下を見ると、大の字型の紙人形がふよふよと風に揺れていた。普段からあるものではない。ターゲットを捉えるべく教員が放ったものだろう。
廊下と教室ではテリトリーが別れているのか、開きっぱなしの窓から入ってくる様子はなかった。
「匿ってとは言わない。しばらくここに居させてよ」
「知らん。バレようが関わらんからな」
「ヘーキヘーキ。これで何度凌いだと思ってるんだい?」
「ふん」
興味ない、とそっぽを向く桜羅にクックと喉を鳴らして笑う声。そういえば、と思いついたように繋いだ。
「君ってばいつも人の擬態してるよね。たまには耳とかだしてリラックスでもしたらどう、」
言葉が続く前にビュンと風切る音がした。
「なぎゅ!?」
教官の振るった鞭が何もない空間に巻き付く。魔力で質量を増やしたのであろうそれは教壇から教室の後方まで大きく伸びていた。
「『捕らえろ』」
教官が詠唱すると教鞭がひとりでに動き始める。さながら意思をもった蛇のように何かの上を這い回った。
「あっ
hearts; やっ
hearts;」
やがて、宙に浮いた亀甲縛りが出来上がる。その輪郭から人体に近いものが空間に浮いているのだと分かった。細身の女性の身体だ。突如として現れた淫猥なオブジェにまたしても訓練生たちがざわめく。
「騒ぐな! 貴様らも縛られたいか!」
それらを黙らせ、教官は鞭を引いた。
「幽体だからといって油断するな幽谷幽子(カソダニ ユウコ)。透明だろうが魔力を抑えんことには気配が駄々洩れだぞ」
空中の亀甲縛りがふよふよと教壇の方へ引き寄せられていく。
「『捕まえたら好きに使って良い』と連絡があってな。ちょうど幽体のサンプルが欲しかったところだ。私の攻めで透明化を解かなかったら逃がしてやる」
「ひええ」
ダークエルフの教官が亀甲縛りにされたゴーストを抱きすくめるのを遠目に見ながら、桜羅は後ろ髪を結い上げた自分の金髪をくしくしと弄った。心底どうでもいいという顔で。
桜羅にとって自身の戦闘技術を磨くこと以外は些事である。組織に属するのだっ
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