「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ!」
ガサガサと茂みを掻き分け少女が走る。息も絶え絶え、顔も手も太股も、露出した肌は枝で引っかかれ細かな切り傷が浮かんでいた。痛ましい姿だがそれでも止まらず必死に駆ける。悲壮感の浮かぶその顔は、何かから逃げるそれだった。
時刻は22時。静まり返った夜闇を白い明かりがぼうと照らしていた。
「ハァッ……!」
やがて茂みを抜ける。
眼前に広がるのは広々としたグラウンド。その先にはすっかり明かりの落ちた、高校の校舎が見えた。学校の校庭、その端にある林から走り出てきたのである。
活発そうな茶髪のミドルヘア、夏服の半袖ブラウスはリボンを取っ払い、首のボタンも開けてラフに着崩している。装飾こそないものの、スカートはちゃっかり折った膝下15センチ。真面目とは言えないがギャルというほど垢抜けてはいない、絶妙な格好であった。
少女はングッと唾を呑み込み、再び駆け出す。夜空にじんわりと輪郭を溶け込ませた校舎に向けて一目散に。建物の輪郭が徐々にはっきりとしていく、距離にしておよそ500メートル、校庭の中心に差し掛かったところで、
ズダンッ
背後からひと際大きな音が鳴った。地面に何かが落ちたような鈍い音だ。少女は首だけで振り返る。しかし目が林を映すよりも先に、その視界は反転した。
「うあっ!?」
勢いよく転んだかに思えたが、足をもつれさせたのではない。無理やりに転ばされたのである。校庭に背をつけた少女にのしかかった存在もまた、少女だった。
「捕らえたぞ」
口を開く。
褐色肌の少女。その背格好は少女と同じ……この高校の制服であった。白いブラウスにキッチリとリボンを結び、チェックのスカートは折らずに穿いている。長い黒髪を結い上げたポニーテールが、勢いに煽られて大きく揺れていた。
「久野紅羽(クノ クレハ)。お前を逮捕する」
紅羽、と呼ばれた少女は圧し掛かられて息も絶え絶えだ。汗で髪が頬に張り付き、今にも泣きそうな表情を浮かべていた。震える唇を開き、苦し気に声を吐きだす。
「なん、なの……? どうして、」
こんな、と言い切る前に、グっと息を呑んだ。呑まざるを得なかった。紅羽の喉を、ポニテ少女が手で掴んできたからである。
「茶番は要らん。お前が木に種を仕込んだのは見ていた」
首に回した手を緩めず、ポニテ少女は続ける。
「おとといの昼休みに下見、今日になって決行した。そうだな?」
有無を言わせない断定口調で、淡々と言葉を紡ぐ。問われる紅羽だが、喉にかかった手のせいでろくな言葉にならない。はじめから答えを聞く気などないのだろう。
「もう少し寝かせるかと予想したが……余裕のなさが表れているな」
圧し掛かった姿勢で左手を紅羽の首に添えたまま、右手で懐を探る。取り出したのはスマートフォンだ。
「抵抗は無意味だ。連行する」
片手で画面すら見ずに操作する手慣れた仕草、こうなるのは当然という不遜な態度。
あまりの冷徹さに怯えきっていた紅羽の目が、次の瞬間、ふっと緩んだ。恐怖に濁った黒い瞳が、鮮血のように紅い色へと変わる。
「そう。ここにはアナタしかいないのね」
突然、紅羽の身体が勢いよく跳ねた。2人分の体重をまるで無視した強烈な跳ね方。その高さはゆうに1メートルを越える。
「ぐっ!」
勢いに負けてポニテ少女が姿勢を崩す。その隙に紅羽はバレエのように横回転、首に回された手をものともせず、ポニテ少女を振り払った。
弾き出されたポニテ少女はグラウンドを転がるが、受け身はとっていたようですぐに立ち上がる。視線の先には中空に浮かんだままの紅羽の姿があった。人間ではありえない。だがポニテ少女の驚きはそこではなかった。
「魔力は出し切ったと思ったが……ぬかったか」
「感知が甘いわねぇ。あっちから離れすぎて鈍ったんじゃない?」
レェ、と突き出した紅羽の赤い舌には、スイカの種のような黒い豆が3粒のっていた。視認すればハッキリと分かる、それは魔力の塊だった。
紅羽は見せびらかすようにチロチロと舌を躍らせ、ことさらいやらしい口つきで、チュパリと飲み込んだ。
「埋めたのは1個だけ。こそこそ嗅ぎまわってる子の気配があったからブラフを撒いたの。せっかく誘い込んだのに……あなたひとりは舐めすぎじゃない?」
「ふん……」
弾かれた勢いで、ポニテ少女のスマホは手から投げられてしまった。拾いに行こうにも、既に紅羽は臨戦態勢に入っている。視線を離し過ぎるのは悪手だ。
やむを得まいとポニテ少女は身構えた。仏頂面を崩さないポニテ少女に、紅羽はくすりと笑みをこぼす。
「たしか……桜羅(ロウラ)ちゃん、だったかしら。あなたは"そっち側"だったのねぇ」
「その名で呼ぶな」
「アハっ! 怒らせちゃった〜♪」
ちゃらけた口調で返し、でもねぇ、と口元
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