その8

 鈴をかき鳴らすようなコオロギの声が響く、夏の住宅街。
 駅や商店街と程近いこの場所はその恵まれた立地にも関わらず家賃が手頃な価格帯に収まっており、大学生や独身の社会人に結構な人気を誇っていた。下宿探しに目を光らせるような人間なら誰でも一度は目にするであろう。
 北上厚志という青年も、ここに居を構えている。
 彼の住所は3F建てアパートの2F角部屋。隣には学生が住んでいるが、夏休みという時期もあってか部屋に人の気配はなかった。
 一方で、北上の住む部屋の窓からは明かりが漏れている。
 玄関を開けて中に入ると、右側に個室トイレへの扉があった。「バストイレは別」という北上のこだわりだ。
 トイレ扉の隣には引き戸があり、そこを潜った先は脱衣所。
 そこの床に置かれた洗濯カゴの中には、無造作に脱ぎ捨てられたワイシャツ、タンクトップ、トランクスが収まっている。その上には、畳まれたタンクトップと短パン、そしてピンク色のショーツが置かれていた。
 男物の下着と女物の下着が、同じカゴの中で折り重なっている。
 脱衣所と風呂場を仕切るのは曇りガラスの引き戸だ。十字に入った格子の隙間から、風呂場の光景がうっすらと滲んで見えていた。

 二つの人影が向き合うようにして座っている。
 互いの脚を交差させ、付け根を重ね合わせるように。

 人影はゆらゆらと揺れ動く。椅子代わりに膝を貸している方に対し、座り込んでいる方の影の動きは激しかった。立ち上がりかけてはまた座るというような、スクワットの要領で上下運動を繰り返す。両手を相手の肩に添え、弓なりにしならせた上半身を支えていた。胸部を大胆に晒した体勢でぐっと腕を伸ばし、相手の頭を迎え入れる。
 揺れ弾む2つの膨らみの片方が頂点から押さえ込まれた。その頂点からぎゅうっと引っ張られ、釣鐘状になるまで形を歪まされる。それと連動するようにシルエットはおとがいを反らし、動きを止めた。
 がくがくと脚を痙攣させつつも、相手との距離を少しでも詰めるべく膝を引き締め腕を回してしがみつく。引き戸越しに、ちゃぱちゃぱと水の滴る音が聞こえた。
 やがて震えが落ち着いてきた頃、再び影は踊り出す。
 繰り返し繰り返し。互いの境界を重ね合わせるように。



 ○

 ○

 ○



「あんっ
hearts; あんっ
hearts; あんっ
hearts;」

 風呂場の中では、水滴の落ちる音と肉のぶつかり合う音と女の嬌声とが、所狭しと反響していた。
 まるで楽器のようだと、北上は快楽に染まりつつある頭で考える。尻肉を鷲掴み、マシュマロのような肉枕に頭を埋められるこの楽器は、雄を滾らせる歌声を奏でてくれる。
 始めこそ滅茶苦茶だった2人の動きは、少しずつ要領を掴みつつあった。欲望のまま自分本位に動くのではなく、相手の状態を汲みとろうとする努力が実を結びつつある。
 男が膣内の抉り方を変えようとすれば女は腰を捻ってそれを補助し、女の動きが鈍ってくれば男は腕を使ってそれを支えた。
 特に女の動作は劇的に変化している。男の腰に両足を絡めて抱きついていたかと思えば、次の瞬間には大胆に両足を開けっ広げ、激しい上下運動を繰り出し始めた。羞恥心に頬を染めつつも、男の反応を逐一窺う目つきは真剣そのものだ。
 これ? それともこれ? と、男を飽きさせないよう気を張る姿は商売女以上に熱心である。

(やっぱ、人じゃ、ないな)

 北上は述懐する。

 改めて、人ならざるものと交わっているのだと自覚した。そこには処女でこれだけ乱れているのはあり得ないという思いもある。だがそれ以上に、桁外れに"具合"が良過ぎるのだ。彼女の身体はこの為だけに創られているのではないかと思うほどに。
 肉棒からの刺激だけではなくて、乳房や尻など、こちらから一方的に与えている筈の性感さえも跳ね返ってくるようだった。
 彼女に触れている舌も手も、先っぽから溶けているんじゃないかというほど気持ちが良い。風呂場ということもあってか、視界を覆わんばかりの水蒸気が、立ち上る湯気なのか蒸発した汗なのか分からなくなってきた。滴り落ちる汗で素肌がぬめり合う感触は例えようがない。不快じゃない気持ち悪さとでも言おうか。
 膣内も、ひと突きするごとに具合が良くなっていた。狭く締め付けるだけだった動きは瞬く間に洗練され、こちらの形に会わせるかのようにうねうねと容貌を変えていく。入り口をキツく締めつつも、中程でぷりぷりとした肉ヒダが引っかかるように隆起してくるかと思えば、奥は優しく包み込むように亀頭をねぶる。人のものを経験したことがない俺が言うのもなんだが、これは名器を超越した名器ではなかろうか。
 そして何より。ゴム越しでもはっきりと分かるほど、彼女の内側は凄まじく熱い。炉に突き込み、炎で炙られている
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