その5 - 日曜日 -

 休日の目覚めは最悪だった。
 設定を間違えていたらしい携帯のアラームがガンガンと脳を揺さぶり、胃がきりきりと捩じ切れそうなほど痛い。顔をくしゃくしゃに歪めて身体を起こした俺は、がなり立てるアラームを乱暴に切った。耳障りな音は消えたが気分の悪さは消えてくれず、二度寝は諦めてのそのそと身体を起こす。だが、脚に力が入りきらずに再びベッドへ突っ伏した。
 昨晩から何も口にしていないせいだろう。激務明けの久々の休日で、抑圧された反動からひたすら自己メンテナンスに励みまくった結果がこれだ。下半身の気だるさが2週半くらい回ってむしろ心地よくなってくる。

「にしたって、大の男が何やってんだ……」

 学生時代を彷彿とさせる自堕落っぷりに苦笑しか浮かばない。かろうじてシャワーを浴びた記憶はあるが、ついでに何か食いに行けば良いものを。
 それほど昨晩はハッスルしたのだったか。思い出そうとするが、モヤがかかったように記憶が曖昧だ。流石に不健康過ぎる。加えて今日が日曜だということも思い出して、いっそう気落ちした。ああ、月曜日の足音が聞こえる……。
 とりあえず、いつまでもぐずっているわけにもいかない。気合いを入れ直し、えいやと身体を起こす。
 ふらつく足で洗面所を目指す途中、ふと、玄関にコンビニ袋が転がっているのが見えた。
「ん?」
 不思議に思って拾い上げると、中にはサンドイッチやらおにぎりやらお茶やらが入っていた。当然、俺が買ったものではない。それに袋の表側は少し濡れていて、ついさっき買って来たばかりのようだった。窓から見た感じ、今日の天気は雨だ。
 その時。
 玄関前で座り込んでいた俺の後ろで、カラカラと洗面所の扉が開いた。

「あ。起きてる」

 振り返るとそこには、タンクトップにボクサーパンツというボーイッシュな出で立ちで、パツキン女子が突っ立っていた。肩当たりまで伸びた亜麻色の髪は毛先が湿っている。首からはバスタオルを掛けており、ひとっ風呂浴びたのは明らかであった。
 しっとり卵肌を肩ヘソ太股と惜しげもなく晒した恰好はすさまじく目の毒だ。童貞を刈り取る形をしている。
 だが俺は前かがみになるより先に、そのおでこ目掛けてデコピンを繰り出した。
「あいたっ」
「バカたれ。なに不法侵入してんだ」
 しかも見覚えのある服装である。俺の下着を伸ばすんじゃない。
「不法侵入じゃないよ。鍵開いてたし」
「えっマジ?」
 抗議する女子の言葉に焦り、慌てて玄関のドアノブを見る。ロックはかっちりと掛かっていた。いや、侵入者が中にいるのに今のロック状態見ても意味がない。昨晩はどうしてたっけ。マズい、記憶にない。
「‥‥…いや待て。鍵が開いてたから入りましたってそれ駄目じゃねえか」
 空き巣と変わり無い理屈だった。
「チャイムは押したし、お邪魔しますも言いましたー」
「聞こえてないし、お邪魔どころかお風呂まで入ってるじゃない」
「傘忘れたから濡れちゃったの。そんなこと言ってるとご飯あげないよ」
 パシっと俺の手のコンビニ袋をひったくり、そっぽを向いてしまった。
「お? それ俺にくれんの?」
「私こんなに食べないし。そのつもりだったけどやめます」
「あー嘘うそ、歓迎します嬉しいです」
「軽いね、もう」
 膨れ面のまま、女子はてくてくと居間へ歩いて行った。その後を追おうとして、まだ顔も洗ってないことに気がついて向きを変える。
 洗面所の扉をくぐると、風呂場からの湿気が漂ってきているのが肌で分かった。シャワーどころじゃなくマジでひとっ風呂浴びたんじゃなかろうか。
 どこか甘い香りに落ちつかない気分になりながら、洗面器に視線を落とす。ふと足元の洗濯カゴに、雨に濡れたのであろう白のブラとショーツが入っているのが見えた。
(せめてシャツ被せるとかしろよ……彼氏の家でこんなんやったら引かれるぞ)
 呆れながら顔を洗った、その時。強烈なデジャヴが襲ってきた。なんかこれ見覚えあるぞというアレだ。
(昨日、たしか洗濯カゴん中に……)
 顔を洗うのもそこそこに、カゴの中に手を伸ばす。白下着をよけて、下のバスタオルと自分の下着をよけたさらにその下。果たしてそこには、水色のブラとショーツが置いてあった。しかも紐タイプである。ハレンチ。
 しかしこれがここにあるということは、あいつは昨日もここにいたということではなかろうか。もしくは、以前来た時のを俺が放置していただけか。いや、ここ最近は家にもろくに帰ってなかった筈だ。だったらこれは、と考えたところで、ひどく甘ったるい香りが鼻いっぱいに広がった。あまりの強烈さに目眩を覚える。

(あいつって……カオル、だよな?)

 カオル。苗字はシノミヤ。篠宮薫。
 その名前が浮かんだ途端、言いようのない不安が頭をよぎった。さっきまでさも親し気に話し
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