その1 - 土曜日 -

 休日の目覚めは最悪だった。
 設定を間違えていたらしい携帯のアラームがガンガンと脳を揺さぶり、頭が内側から破裂しそうなほど痛い。顔をくしゃくしゃに歪めて身体を起こした俺は、がなり立てるアラームを乱暴に切った。耳障りな音は消えたが気分の悪さは消えてくれず、二度寝は諦めてのそのそと身体を起こす。向かう先は洗面所だ。
 鏡の中の男は実に血色の悪い面をしていた。明らかな二日酔いである。
 昨晩はプロジェクト成功の打ち上げだった。気の置けない同期同士の席は実に気楽で、久々のアルコールも美味過ぎて堪らず、注がれるままに飲み干したアホが俺だ。
 何事かをやらかしちゃいないかと昨晩の記憶を探るも、全然思い出せない。まあ、野郎共で飲んでいただけだし、何かあっても笑い話で済むだろう。

「にしたって、記憶が飛んでるのはやりすぎだ……」

 見れば、スーツのまま寝ていた。家に帰りつくやベッドにダイブしたらしい。我ながらズボラ過ぎる振る舞いに苦笑するしかない。
 ふと思い立ってポケットの財布を広げてみると、諭吉さんはまだご存命であった。最後に数えた時と変わりなく、大きな散財まではしてないようだ。ひとまず安心し、冷たい水で顔を濡らし、ついでに喉も潤した。寝起きの水は効果てき面で、眠気も頭痛も流れ落ちていく。

 その時。

 洗面所に向かって俯いていた俺の横で、風呂場へのドアがカチャンと開いた。締まりが悪くなったか、とさして気にも止めずタオルで顔を拭う。視界を覆った俺の手を湿気のともなった空気が撫でた。ついで香る、甘ったるい匂い。
 はて、昨日風呂でも沸かしたかしらんと顔を上げた俺の視界に……全裸女子が映り込んできた。
 その時の俺の心情を何と言えばよいだろう。
 呆然、驚愕、興奮の流れが適切か。
 突如発生したラッキースケベに俺の思考は停止し、見知らぬ侵入者に危機感が湧いて出て、その開放的な出で立ちに「俺の出番か」と愚息が膝を上げた。お前じゃねえ座ってろ。
 女との付き合いが長いことご無沙汰だったためか、懐かしさすら覚えるほど華やかな香りが暴力的なまでに訴えかけてくる。この光景が夢でないことを。ならここで俺が取るべき行動は決まっている。
「でゅ、どなたですか?」
 どもった。
 女子のマッパを目の前にして思わずにやけた口元が邪魔しやがった。言い直せただけ良しとしたい。
 俺の問いかけに対し、少女はどこか焦点の遠い目でパチパチと瞬きで応えた。傾げた頭、ショートヘアの毛先から水が滴る。淡い紫の髪は染めているのか疑わしいほど自然な色合いで、メッシュというのだったか、ところどころは銀白色になっている。
 しっとりと柔らかい光沢を放つ素肌は見るからにきめ細かく美しい。いっそ神々しい。だのにきょとんと間の抜けた顔が実に、実に、
(すっげえ可愛い)
 いやいやそうじゃなくて。きょとんとしたいのはこっちだっつーの。
「泥棒にしてはなんか、堂々としてるしさ。ひょっとして部屋を間違えたんじゃないすか?」
 俺が間違えた可能性も頭をよぎったが、洗面所に無造作に置かれたリネングッズから見て俺の部屋で間違いない。つまり珍入者はこの少女で決まりだ。こんな目立つ子が近くに住んでたら嫌でも目につくだろうけど、今はどうでもいい。
「えっと、ほら。タオルは貸しますから。パっと着替えちゃってください」
 俺は引き出しからタオルを引っ張り出すと、ぼんやりと佇む少女に押しつけた。恥ずかしくて顔が見れないから胸を見るしかなかったけど仕方ないよね。スレンダーでも主張はバッチリ桜色。
 速やかに洗面所から撤収して後ろ手に扉を閉じる。我ながら惚れ惚れするほど冷静な対応っぷり。この紳士をして、誰が痴漢と呼べようか。
 大丈夫だよね? 裸見られたとか、無理矢理家に連れ込まれたとかで訴えられないよね? むしろそっち系の押し込み強盗とかだったらどうしよう。今頃は怖いお兄さんが玄関前でスタンバってるとか……。
(――やばい!)
 妙にリアルな想像に、背筋を寒いものが伝った。慌てて玄関へ駆け寄りドアノブにかじりつく。戸締まりはバッチリだった。
(……あれ、おかしいな。ドア閉まってんのになんで、)
「ねえ」
 突然掛けられた声に振り向くと、何ということでしょう。タオルを肩に引っかけただけのやけに男らしいスタイルで、先の女子が突っ立っていた。下着すらつけてない! なのに垂れてない! 思わず二度見しちゃう。
「ドライヤー。どこにあるのかな」
「どドライヤーすか? ちちょっと待っつね?」
 噛み噛みだよもう。なんなのこの子、堂々とし過ぎでしょ。もはやどちらがアウェーか分からないよ。
 言われるまま、台所レンジの横に引っかけてあるドライヤーを渡した。洗面所には手頃なコンセントがないので、仕方なくこの場所に置いているのだ
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