目隠れ奴隷娘

「ロレント・サイラス様ですね?お待ちしておりました。」
 サンタララ……教団が教える天使の名を冠した教会都市。その地下で、司教であるロレントを出迎えたのは、美しい女だった。
 執事服で男装したその女は、恐ろしいほど、顔が整っていた。ロレントがかつて、堕落しきった枢機卿の家で見たハーレム……裸体をさらし、屋敷を闊歩していた女たちよりも、美しい女だった。
「さあ、こちらへどうぞ」
 右手を彼の前方へと向け、奥へ進むよう促す。彼女の頭からは山羊を思わせる角が生え、燕尾とスラックスの間から、一対の黒い翼と、艶めいた尻尾が生えている。
「驚かれました?私がこの姿……正体をさらして出迎えること」
 ロレントの右前を歩きながら、彼女がほほ笑む。
「ここに来られるお客様は皆、警戒心がお強いですから……。ここは教義に反するものをあぶりだすための囮で、私が実は教団兵なのではないかと」
 確かに、と彼は思った。彼女のこの姿を見るまでは、彼女の言う通りの疑いを持っていたのだ。
「だから、この姿は、お客様への信頼を示す証なのです。心置きなく、取引を楽しんでいただくための」
 チリンと、彼女の尻尾に取り付けられた鈴が鳴る。
「ふふっ、ああ、これですか」
 ロレントの視線に気付いた彼女がほほ笑む。
「この鈴は、お守りみたいなものです。この鈴が鳴っている間は、教団兵のような、邪な心を持つ者を遠ざけることができるのですよ」
「ハッ」
 彼女の言葉に、彼は自嘲気味の声を上げた。
――邪な考えか……。だったら、私は何だ?
 ここに踏み入れた瞬間から、自分は引き返せない狂気に陥っているのだと、彼は最後の人間性を自覚した。
「申し遅れました。私、この市場の管理を仰せつかっております、ベルディオールと申します。短い間ですが、よろしくお願いいたします」
 振り返り、ベルディオールは恭しくお辞儀をした。
「ふっ、ベルディオールか」
 教団が教える、悪魔の名だ。教会の真下での大胆不敵さに、彼は鼻で笑った。
「では、参りましょう……ようこそ、奴隷市場へ」
 彼女が奥の扉を押し開くと、濃厚な香の香りと、たいまつの橙の光が二人を包んだ。

 ◆ ◆ ◆

 ロレントが奴隷市場の存在を知ったのは、教団施設内にある、図書室であった。
 そこには、大陸中から集められた書物が収められ、司教以上の地位を持つ者ならば、いつでも利用することができる。
 彼は、この空間が好きだった。他の司教は、枢機卿に気に入られるために彼らの元に入りびたり、枢機卿たちは、政争に忙しい。そういった争いごとが苦手な彼にとって、一人きりになれる唯一の場所が、この図書室だった。
 彼はいつしか、妄想の中で邪な心を育ませる。
 きっかけは、片隅に忘れられたかのように収められていた、一冊の本だった。
 『魔物娘図鑑』かつて禁制本の取り締まり時に没収され、奇跡的に燃やされることなく残されたそれは、存在自体が忘れられ、彼の手に取られるまで、じっとここに眠っていた。
 彼はそれを読んだとき、初めて神の言葉を聞いたときと同じ衝撃を受けた。人体と魔物を掛け合わせたかのような、異形の者たちの姿。しかし、彼女たちにはその異形が似合っていた。そして、彼女たちの淫らな習性……男の精液をすすり、快楽と愛を与える。彼はいつしか、ページの向こうの彼女たちの虜になり、この本を読みながら妄想に浸ることが日課となっていた。
 ある日、彼がいつものように図鑑のページをめくっていると、その間に一枚の紙が挟まっているのを見つけた。そこはサキュバスについて書かれたページで、昨日読んだときにはなかったことを覚えている。
――私の行動を見られている……?まさか、ここで破戒的な妄想をしていることも……?
 恐れと疑念を抱いたまま、紙を広げると、そこにはこう書かれていた。
『あなたの妄想を現実にする方法……魔物娘を性奴隷として飼ってみませんか?地下一階、南三号口、午前二時』
 魔物娘、性奴隷……。疑いの心が、すぐに欲情によって塗りつぶされた。

 ◆ ◆ ◆

「最近、新しい奴隷を入手しまして……」
 扉をくぐり、ベルディオールが歩く。ロレントは、彼女について行く。
「あの図鑑が書かれた後に発見されたため、載っていない種族なのですよ」
 扉の先は、通路が人一人分広くなっており、左右には等間隔に、鉄の扉がならんでいる。扉には窓がなく、中の様子をうかがい知ることはできない。代わりに、扉にはプレートが貼られている。
 『レミー(サキュバス)』『ヘレナ(メデューサ)』『ブルーネ(アルラウネ)』……中にいる奴隷の名前と、種族。扉一つに名前は一つだから、一人一部屋を与えられていることになる。
「こちらです」
 ベルディオールの足が止まった。右手で目の前の扉を指し示す。
 『エミーリ
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