股間から全身へ駆け巡る、寒気にも似た快感。
金子雄平(かねこ ゆうへい)にとって、射精による起床は、すでに日常になりつつあった。
意識が覚醒する。
背中には、弾力のあるベッドのスプリングと、綿の感触。腹には、それなりの重みと、三十六度の暖かさ。
鼻から息を吸うと、甘いミルクのような香り。
「あー……あぁあ゛ぁー……」
鼓膜を震わせるのは、獣のうめき声のような。長い長い、牝の絶頂の咆哮。
彼はまぶたを開いた。
白い天井。もう見慣れた天井。
視線を下へ向けると、布団の隙間に、匂い、体温、声、快楽の正体が垣間見えた。
素肌を晒した彼の胸板に、左頬を乗せている女。艶やかな黒髪がいくつかの筋を描き、汗で濡れた頬に貼り付いている。側頭部からは山羊のような角を生やしている。彼女の腰がある辺りの布団が、もそもそとうごめいている。彼は知っている。彼女のそこからは、翼と尻尾が生えていることを。
彼女の顔は、朱に染まり、まぶたは半ばまで降りていた。
「あっ、あぁっ、はっ……うっ、あ゛ー」
断続的に、喉から絞り出すように、彼女の口からは音が漏れる。舌がこぼれ、彼の胸板に小さく触れている。熱い吐息が、彼の胸を蒸らす。
雄平は、彼女の後頭部を、そっとなでた。自分が覚醒したことを、彼女に知らせるためだ。
「あっ」
彼女が、小さく震えた。どろりと濁っていた瞳に、わずかに光が戻る。
緩慢な動きで、彼女が顔を彼の方へと向ける。潤んだ瞳。欲情と恋慕にまみれている。
「ゆーくん……おはよう」
うっとりと、彼女が挨拶する。
「おはよう、幽華」
足立幽華(あだち かすか)、それが彼女の名前。雄平をこの部屋に閉じ込め、片時も離れないサキュバスの名前である。
雄平は、彼女の頭をなでていた手を離し、両腕でしっかりと彼女の体を抱きしめる。彼女自身の体重に彼の腕の力が加わり、さらに二人は密着する。小さいと本人は気にしている乳房が、彼の胸板と触れ合う。丸められていた彼女の背中は伸び、似通った身長の二人の顔が、同じ位置に収まる。
腕の力が、強まる。二人は、情欲に濁った目で見つめ合う。
彼女は、視界いっぱいに飛び込んでくる彼の瞳から、不安の色を感じ取った。
「ゆーくん、大丈夫だよ……。私は、絶対に、ゆーくんから離れないから」
その証を示すように、彼女も彼を抱き返す。唇を合わせ、しかしまぶたは降ろさず、彼を視線で射止めたまま、口づけを交わす。
彼は、安心したようで、腕の力を弱める。代わりに、執拗に、彼女の背中、そして尻をなで回した。
彼の心は既に、自分の自由を奪い、この牢獄に閉じ込めた淫魔の虜になっていた。抗い、ここから抜け出す気力は、三日と保たなかった。
「ずっと、ずっと、一緒。だって、もう私たち、ご飯食べなくていいし……」
もう一度キス。
「魔法で綺麗になるから、お風呂も行かなくて大丈夫……」
すりすりと、腹と胸を前後させてすりつける。
「もう、動かなくていい。働かなくていい。ゆーくんの仕事は、私の目の前にいて、ずっと、ずーっとセックスすること」
「ぐっ、あっ、あぁ……」
膣の肉ひだが複雑に絡まり、彼は容易く屈した。
目覚めをもたらした、この日一番の射精と比べて、量も、勢いも、全く衰えてない。快感はむしろ、きちんと意識がある分、より強く感じられた。
「そう……そぉぅぅ……ゆーくんは、わらしにしゃせーするのがぁ……おひごとぉ……」
子宮の奥を叩く感触に、彼女の脳内がバチバチと弾ける。舌の根まで痺れ、発生が拙くなる。
彼女の瞳孔がぽっかりと開く。遠い目をしつつ、しかし視線はまだ彼の顔から離さない。
愛しい彼の絶頂顔を見ながら、彼女も自らの顔を晒す。それが、二人の毎日だった。
◆ ◆ ◆
十日前まで、二人は普通の高校生だった。
同じ学校に通い、家も近所、クラスも同じ、席は隣同士だったが、特に交流はなかった。
口を利くことはないし、かといって、仲が悪いわけでもない。
雄平は友人は少なかったが、その分絆は強かった。いつも同じクラスの男子二人と三人グループを作り、ほぼ常にその三人でつるんでいた。
一方の幽華は、いつも一人ですごしていた。決して、クラスメイトに疎まれていたわけではない。しかし、彼女の美貌は人間とは思えないほどであり、近寄りがたい雰囲気を周囲に与えていた。
幽華の中で、雄平の存在が黒く渦巻き始めたのは、彼女自身は覚えていない。彼女にとって、彼が自分の生活に存在していなかった頃の思い出は曖昧で、彼が存在している時期だけが、彼女の人生全てだったからだ。
それは高校一年の五月。彼が友人に見せた、笑顔。
――その笑顔、私に向けて欲しい。
たまたま視界に入ったそれが、彼女の心を狂わせた。
“私に向けて欲しい”だ
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