ベタベタ甘え蛇

 メリアは、メドゥーサの習性、そして魔物娘の運命に逆らいたかった。
――人間と一緒に暮らすなんて、バカみたい。
 毎日飽きもせずベタベタとする両親を見て、彼女は常にそんなことを考えていた。
 両親は、彼女のことを精いっぱい、心の底から愛し育てた。だがそれが、彼女の反抗心をさらに強くした。
――魔物は、人間を襲う。人間を食べる。人間よりも強い。上位種。
 小さい頃知った、旧魔王時代の物語。魔王がサキュバスでなかった時代の、殺伐とした歴史。彼女は、それこそが自然ではないかと考えていた。
 だが、心の最後のタガは外すことができず、どうしても殺人、食人を行う勇気は持てなかった。
 よって、彼女は現在の魔物娘の本能に抗うことにより、現在の魔王に抵抗しようと考えた。
「ちょっと、そこの男」
 メリアの故郷から馬車で数時間。商業都市として栄えている街の繁華街で、彼女は一人の男を呼び止めた。
 年は20に達していないくらいか、視線を周囲に巡らしながら歩いており、明らかに大きな街に慣れていないようだった。
 薄茶色の短髪。さっぱりとした顔つきで、彼女は彼に嫌悪感を抱かなかった。
「え、あ、俺……?」
 自分を指さし、男は答える。
「そうよ、そこのあんた」
 蛇体をくねらせ、彼女は一気に男の眼前まで迫った。少女の甘い体臭が、彼の鼻腔をくすぐる。
「あのぉ……お知り合いでしたっけ?」
 彼には魔物娘の知り合いがいなかったため、戸惑いつつ言葉を発する。
――うへぇ、間近で見るのは初めてだが、魔物娘ってのは、本当に、えげつないほど美人なんだなぁ……。
 とは言っても、男としての本能が、目の前の美女を余すところなく観察させてしまう。
 街灯の下、彼女の肌は雪のように輝く。燃え上がるような髪、毛先がまとまり、メドゥーサ特有の蛇たちを形作る。赤い鱗が艶めかしく光り、ルビーのような瞳が男を睨みつける。本体の瞳は緑。黒い濁りを伴って、縦に裂けた瞳孔が、外部から届く光の微妙な変化に合わせて息づく。鼻筋はまっすぐ伸び、歪みを見せない。唇は厚く、薄桃色に自然に色付いていた。
 彼女の服は、蛇の鱗を模した、ぴったりと肌に張り付くものだった。手首から首、やや張りをなくしてスカート状に変化し、下半身まで隠していたが、体のラインははっきりと男の目に映った。メドゥーサは、あまり体が豊満に育たない。しかし、慎ましい美乳、あばらが浮きそうなのを、あと数ミリメートルで阻む皮下脂肪、腰のくびれ。少女特有の背徳感を孕んだ肢体は、彼の心を高ぶらせた。
「ふん、何鼻息荒くなってるのよ」
 片眉を下げ、彼女が言う。
「まあいいわ。私を見て興奮するなら、合格ね」
「え、何が……」
 いまだ事態を飲み込めない男が、首を傾げる。
「はぁ、あんたって、鈍感なのね」
 そう言って、彼女は顎で彼の背後を示した。彼がそこへ視線を向けると、通りの斜め先、高くそびえるネオンの塊。不夜城のようなその建物には、『愛HOTEL魔宵蛾―マヨイガ―』と書かれていた。
「魔物娘が男を誘うなら、目的は一つに決まってるでしょ?」
――私は、父さん、母さん、そして魔王に逆らう。男と寝て、すぐに捨てる。

 ◆ ◆ ◆

 翌日。
「うっ……」
 男、ニコロは、首元から胸にかけての気持ちのいい触感と、股間から脳に駆けあがる快感で目を覚ました。
――そうか、昨日は結局、あのまま……。
 昨晩の出来事を思い返しつつ、視線を下へと向ける。
「はぁぁ……ニコロぉ……好きぃ……」
 メドゥーサが、頬をうっとりと染め、すりすりと彼の首元に頬ずりしている。
 さらに下へ向けると、彼の男性器は勃起をやめず、それは目の前の女の膣に入ったままだった。
――あー……名前は……。
 昨日知り合ったばかりで、つい数時間前まで濃厚に愛を育んでいた相手の名を思い出そうとする。
「メリア……」
「すりすり……はぅぅ?」
 名を呼ばれたからか、メリアは動きを止め、うっすらとまぶたを開けた。彼の全身に巻き付いていた蛇身が、緩んだり締まったりする。
「や、やあ、おはよう」
 彼は、作り笑いを浮かべる。
「んっ、おはよぉ
#9829;」
 彼女は蕩けた笑顔を返す。昨晩の不機嫌そうな表情からは、全く想像できない顔だ。
「それで、その、そろそろ……」
 彼は今、彼女の体に覆いかぶさっている。彼女の体の両脇に置かれた腕に力を入れ、体を持ち上げようとした。
「チェックアウトの時間だから、ほら」
 彼は顎で、壁掛けの時計を指し示す。あと30分で午前10時。チェックアウトの時間だ。
「だから、もう離れて準備しないと」
「やだっ」
 蛇身が締まる。
 同時に膣の筋肉がやんわりと締まり、彼の脳内に届く快感が強くなる。
「うっ、やだって……だからっ、くっ……もうチェックアウトだから」

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