「店で見つけたときは、とても魅力的に思えたんです」
佐野さんがその人形を見つけたのは、偶然入った骨董品店だった。
日曜日、彼は友人と遊びに行く約束をしていたのだが、相手の急用により、キャンセルとなってしまった。待ち合わせ場所で時間を持て余した彼は、特に目的もなく街を散策することにした。
今思い返すと、特に目立った外観ではなかったという。大通りから一本逸れた路地の、よくある雑居ビル。骨董品店は、その二階だった。
「看板を見て、入ろうと思ったわけではないんです。何となく入って、ようやくそこが骨董品店であると気付いたんです」
彼が骨董品店と聞いて、おぼろげながら浮かぶイメージ。店内はそれとほぼ違わないものであった。
壺。掛け軸。彫刻品。机。椅子。そのどれもが古めかしく、何十年もの歳月を感じさせるものばかりであった。
「一際目立っていたのが、その人形でした」
入口から続く、他人とすれ違うことすら苦労するほど細い通路。その一番奥に、人形があった。
「初めは、子供が座っていると思いました」
佐野さんがそう勘違いするほど、その人形は精巧で、大きさも本物の子供と同じであった。彼がそれを人形と何とか判別を付けられたのは、わざとらしいほど人形らしく作られた球体関節のおかげであった。
「そうは言っても、僕の目に見えたのは、指の関節だけでしたが」
人形は、ドレスを身にまとっていた。フープ・スカートと呼ばれる、裾が丸く広がったスカートをはいており、腹部はコルセットを巻いているかのように細く、肩と腕がゆったりとしたブラウスを着ていた。白と青を基調としており、手首やスカートの裾といった要所に、金をあしらっていた。
髪はドレスに使われているものよりもさらに綺麗な金髪。腰までかかるほどの長さで、手入れの行き届いた癖のないストレートだった。
「一目見て、絶対に買わないといけないという気分にさせられたんです」
彼には人形を集めるという趣味はない。しかし、それでも彼は、その人形を絶対に手に入れないといけないという、強迫観念にも似た衝動に襲われたのだという。
「それに、店員がすごく美人で。ぽんと景気よく買って、いいところを見せたくなってしまったんですよね」
店員はハーフと思しき女性で、綺麗な銀髪と、人形に負けないくらいの白い肌だった。
「気が付いたときには、すでに人形を購入し、家に向かって歩いていました」
人形としては巨大ともいえるサイズだったため、木のケースに入れ、取っ手のついた台車に乗せ、キャリーバッグの要領で運んだ。
「家に着いた瞬間、猛烈に後悔したんです」
財布の中身を見ると、家を出る前よりも一万円札が五枚減っていた。
その上、彼は言い知れぬ不安感を覚えた。
「だって、球体関節とはいえ、それ以外は完全に人間そっくりですからね。そういうの、不気味の谷って言うんでしたっけ?」
材質はセルロイドだろうか、つるつるとして硬い感触だった。
「本当はすぐにでも捨てたかったんですけど、やっぱり、大金払って買ってしまったものですからね。もったいなくて」
唸るほど悩んだが、結局部屋に放置したまま、その日は眠ることにした。
それから一週間が経った。
佐野さんは、癒えることのない倦怠感に悩まされることになった。
「きちんといつも通りの睡眠をしているんですけど、全く疲れが取れないんです」
仕事のミスが増えるようになった。
思い当たる節は、あの人形しかなかった。
彼はその日の内に、人形をアパート前のゴミ捨て場に置いた。
「ちょうど粗大ごみの日でしたから。当然、箱に入れて捨てました」
彼はこれで、ようやくぐっすり眠れると思ったという。
その日の夜。彼は自分の呻き声で目を覚ました。普段の倦怠感が何倍も強く感じられ、全身が汗で濡れていた。
枕の横から、強烈な視線を感じる。そちらへ目を向ける。
布団と壁の間。畳の上に、人形が座っていた。
「恥ずかしいことに、生まれて初めて気絶してしまいました」
気付いたら、朝だった。
以降、月に二回ある粗大ごみの日のたびに人形を捨てていたが、全てその日の内に戻ってしまった。
全身のだるさは、捨てるごとに強くなっていき、ついに家から出るのも億劫になってしまった。
「このままでは、絶対にまずいと思いました」
人形を買ってから五回目の粗大ごみの日に、彼は一計を案じた。
部屋にビデオカメラを設置することにした。
「さすがに、人形が一人で歩くなんてことは信じていませんでしたから。悪意ある誰かが、部屋に持ち込んでいるのではないか、カメラで分かると思って」
彼は持っていたカメラを、箪笥の上に設置した。侵入者に発見されないよう、段ボール箱を置きカムフラージュする。
簡単な作業であったが、設置を終え脚立から降りる
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