トレジャーホール

 冒険者は、性欲と戦う職業である。
 不安定な収入はすぐに装備品や生活必需品に使われてしまうため、女を買うことができない。野宿が多く、いつ敵に襲われるか分からないため、一人ですることもできない。特定の人間と長く付き合うことができないため、出会いもない。自然と性欲は溜まる一方となってしまう。
 どんな強力な敵よりも、この性欲の方が何倍も恐ろしい。
 俺は今、そのあまりにも凶悪な敵との、終わりの見えない戦いを繰り広げている真っ最中であった。
 性欲が溜まりすぎると、人間はそれを発散することしか考えられなくなってしまう。それは長い冒険者生活で嫌というほど体験していた。集中力が保てず、すぐに卑猥な妄想に思考が逃げてしまう。そのため、ここ一週間ほどの間、ろくに依頼を受けられないでいた。それによって収入が減り、さらに性欲を発散させられなくなるという悪循環。
「ああ、ひもじい……」
 口から思わずそんな言葉が漏れてしまった。あとは、壁や石畳を反響する自分の足音と、手に持っている松明が爆ぜる音が聞こえるのみ。
――畜生、やっぱりこんな枯れ果てたダンジョンじゃあ、もうめぼしい物は残っていないか。
 もう二時間以上はこのダンジョンを歩き続けているというのに、出会うのはすでに開けられ、中身が持ち去られていた宝箱だけであった。普段ならば、この程度の時間ならば全く疲れを感じないのだが、生憎昨日今日と何も口にしていないのだ。ちょっとした運動ですぐに全身がストライキを起こす。
 収入の安定が全く見込めないにも関わらず、冒険者はそこそこの人気職である。その理由の一つが、自然発生するダンジョンの存在だ。それらには二つの種類がある。一つは世界のどこに現れるのか分からない、完全なランダムのもの。もう一つが、入り口が決まっていて、宝箱が全て開けられると構造や財宝が変化するもの。
 俺が今力なく歩いているのは、後者の固定ダンジョンだった。だから、いくら枯れ果てていようと、最低でも一つは未開封の宝箱があるはずである。
――やっぱり、一番奥まで行かないとダメか……。
 疲れたと悲鳴を上げる両脚を叩き、何とか動けるようにする。全身はすでに疲労困憊で、足取りは引きずるようであった。

 それからさらに二時間ほど歩き、ようやく一番奥であろう部屋にたどり着いた。そこは他の部屋と違い、入り口が頑丈な扉によってふさがれている。さらに、その両側には魔法灯が立っていて、青紫の炎を力強く燃やしていた。
 中にボスがいるかもしれないので、腰の左側に繋がれている剣を手に取り、黒光りする扉を押す。想像とは違い、それは何の抵抗もなく開いていった。
 隙間から、木の軋む音が聞こえる。
――ギッシ、ギッシ、ギッシ……。
 警戒しつつ扉の間に体を滑り込ませ、部屋へと入った。扉が閉まるとき、金属同士がぶつかる大きな音がした。次の瞬間、軋みがぴたりと止む。
「ふう」
 ため息と同時に、緊張していた体から力が抜ける。この部屋は危険ではないと分かったからだ。
 自然発生するダンジョンは、長年有識者の研究の対象にされ続けていた。その結果、このどこから現れるとも知れないダンジョンの、おおよその仕組みが解明されていた。
 どうやら、ダンジョンの通路や部屋を大量に溜め込んだ異次元空間がどこかにあるらしく、この世界に発生するダンジョンは、その中から組み合わせて作られているらしい。組み合わせ方にはある一定の法則があるらしく、一番有名なものとしては、魔力灯に入り口を照らされる部屋は一つしかないというものがある。
――ギシッ、ギシッ……ギッシギッシギッシ。
 音が再開した。その音は、部屋の入り口から見て右手の壁、わずかに長方形の切れ目が見える場所の奥から聞こえてくる。
 この部屋は、冒険者の間では最低難度の当たり部屋『エキドナさんのお部屋』と呼ばれている。かつてダンジョン奥深くで冒険者を待ち構えていた高レベルの魔物、エキドナ。しかし今は愛する夫を見つけ、四六時中隠し部屋でいちゃついているだけである。
 安心した俺は、すぐに興味の対象が隠し扉から部屋の奥へと移った。そこには、華美な装飾を施された、普通も物よりも一回り大きい宝箱が置かれていたからだ。
「……」
 それはガタガタと動き、とてつもなくいい匂いを放っていた。
「ふっ、うっ……ふぅぅ、くぅぅ……!」
 おまけに、可愛らしい声まで漏れている。
「うわー……」
 何とも言えない気持ちが、そのまま声として漏れた。最後の宝箱は、どう見ても財宝ではなく、もっと厄介な代物だと分かったからだ。
――ミミック。
 確かに、魔物娘ならば、そこらのアイテムよりも高く売ることができる。近くの街にある奴隷商ならば、一週間は豪遊できる値段で買ってくれるだろう。「マイドオーキニ」というよく分からない
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