今日はここでさよなら

 放課後の教室は、橙と黒、昼と夜、生と死……相反する二つが同居する空間である。此岸と彼岸が交わる場所、まさに今命が尽きようとする太陽は、まるで煉獄を照らす炎のようであった。
 部活動も終わり、誰もいないはずの教室。しかし、そこには人影がひとつ。
 輪島美朗(わじま よしろう)は、自分の席――左から二番目の列の最後方――に座り、視線を左に向けていた。一番窓際の机。その上には、花瓶が置かれ、溢れんばかりの花束が植えられていた。
「くっ……」
 端正な顔が小さくゆがむ。彼は頬を上気させ、目線を自分の真下に移した。机の下、そこにはもぞもぞと動く影があった。
「れるっ。んふっ、よーちゃん、今の気持ちよかったんだ」
 彼の制服のズボンと下着が、足元まで下ろされていた。露出する陰茎を、嬉しそうに舐める一人の女性の姿があった。彼女は、この教室から人がいなくなってから一時間、ずっとこうしていたのだ。まったりとした口淫をしながら、彼の体温を感じているかのようであった。
「うん……ゾクッとした」
 彼が照れ笑いを浮かべる。
「やっぱりよーちゃんって、ここ弱いよね。れるぅ……」
 彼女は彼の弱点である裏筋をねっとりと舐め、妖しく微笑んだ。
「うっ、くぁっ……千世、そこばかりだと、すぐ、出る……!」
 たまらなくなった彼は、自分に快楽を与えている者の名を呼ぶ。
 彼女の名は、岸田千世(きしだ ちよ)。花瓶が置いてある席の元の主である。
 肩から羽織るだけの、筒のような布一枚という服装。肌は、血が通っているとはとても思えないほど白く、クリオネのようにうっすらと透けて、後ろにあるものを覗くことができた。彼女は人間ではない。ゴーストと呼ばれる魔物の一種である。
「ちゅっ、ちゅぅっ……恥ずかしがらなくてもいいんだよ?気持ちよかったら、どんどん出していいんだから」
 裏筋にキス。尿道口にキス。彼女は何度も、目の前の愛しいペニスに口付けを浴びせた。
「ほら、口の中に美味しいの、いっぱい出して?」
 彼女は、舌を伸ばしつつ、亀頭全体を口に含んだ。同時に吸引。
「あっ、あぁ……」
 情けない声を漏らしながら、彼はとくとくと口内に精を吐き出した。彼女は舌を上手に波打たせ、一滴も外に漏らすことなく喉に通した。
「んっ、んくっ……ごくっ、ごくぅ……んー、ちゅぽっ」
 唇をみっちりと押し付けつつ、口内のものを解放した。摩擦と柔らかい圧力によって、少し硬さを失った肉棒全体が引っ張られて伸びる。
「くあっ、はぁっ」
 それがまた刺激となって、ぴりりと彼の体に快楽が走った。
「あはっ、すっごくとろけた顔してるね。可愛い」
 精を飲んだ影響か、彼女の顔色がほんの少しだけよくなったように見える。体は透けなくなり、しっかりと彼女の存在を確かめることができる。印刷紙のように真っ白だった肌は、ほんのりと血色を取り戻した。
 可愛いと称されることは、女性にとっては褒め言葉であっても、男性にとっては複雑な気分にさせるものだ。彼は、さっき以上に頬を染めて、彼女から視線をそらした。
「あっ、ひょっとして、すねてるの?」
 彼の気分を害したことに気付いた彼女が、フォローを入れる。
「そんなに嫌がらなくてもいいのに……よーちゃんは可愛くて、かっこよくて、私の一番だーいすきな人だよ?世界で一番愛してるんだから!」
 だから……と彼女の表情に哀しみが浮かんだ。
「死んでも死に切れなかったんだよ?」

 美朗の脳裏に、あの日の出来事がよみがえる。彼女が死んだ日のことを。
 放課後、彼は決意を秘め、彼女の前に立った。
『体育館裏に来て欲しい』……しかし、彼はその言葉を口に出すことができなかった。彼は彼女を呼び止めることができなかった。
 彼は今も、それを後悔している。
――もし、あのとき、勇気を出して呼び出していれば……

「もう、何そんな泣きそうな顔してるのよ」
 一瞬の哀しみをすぐに消して、彼女が笑顔で問いかける。しかし、彼は答えない。後悔の渦にさいなまれ、そこから思考が抜け出せずにいたから。
「まだ、あのこと後悔してるの?」
 彼の視線が彼女の顔に戻る。
「私は、よーちゃんのこと、悪く思ってないよ?だって……」
 彼女の体がふわりと浮かび、机をすり抜ける。彼女の顔が彼のものと同じ高さになり、両腕で彼を包み込むように優しく抱きしめた。
「だって、今こうやって、一緒にいられるんだもん!」
 闇がわずかに深くなる。彼女の顔は、その闇を吹き払うかのような、太陽みたいな笑顔であった。
「あ、ああ……」
 全てを許す、眩しすぎる笑顔。目を大きく開き、彼は何度もまばたきするしかできなかった。直後、視線がちらりと黒板上の時計に向く。
「あ……もう時間がない?」
 彼の小さな仕草に目ざとく気付いた彼女が、心配そうに声をかけ
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