魔物化に乗り遅れた人間男

魔探偵:昨日もさ、隣の部屋の男が彼女連れ込みやがって、夜通しあえぎ声だよ。ねむれねぇよ!
バフォイ:サキュバスだっけ?
魔探偵:そうだよ。マジふざけんなって話だよ
バフォイ:もげろ
万魔殿勤務:もげろ
Alice:もげろ

「『もげろ』……っと」
 慣れた手つきでお決まりのフレーズをキーボードで叩く。エンターを押すと、目の前の画面に『魔界DT』という俺のハンドルネームと、それに寄り添うように先ほど打ち込んだ『もげろ』という文面が現れる。
 俺は今、電脳世界に魂を置いているといっても過言ではないだろう。意識を全てパソコン上に集中させ、外界とつながる感覚を完全に遮断している。これは、現実世界に深く絶望した人間しか持ち得ない特別なスキル。
 おそらく、今俺と相対している仲間も、同じスキルを有しているだろう。だが、それを確かめるなんて野暮なことはしない。聞かずとも、画面上にいる仲間は俺と同じか、それ以上に現実に絶望している人間ばかりなのだから。
 耳にヘッドホンを付け、俺と同じ境遇の、現実に希望を見出せなくなった男たちの嘆きを、大音量で聞く。彼らの旋律は、俺の心を一瞬えぐり、その後に癒す。その勢いに任せ、モテているやつらに『もげろ』と大合唱を奏でぶつけてやるのだ。
『魔物娘にモテない男たちの部屋』……今日もこのチャットルームは大盛況であった。

 ◆ ◆ ◆

――ピンポーン
 確かに何度もチャイムを押している。音も鳴っている。しかし、中にいるはずの彼は反応しない。
――おかしい。確かにいるはずなのに。部屋に入るのは確認したのに。
 眉間にしわが寄るのを感じた。
――何よ。せっかく新しい私を見てもらおうと思ったのに。
 思わず一つ、ため息をつく。
 コートの下、ちょうど腰の部分が、もぞもぞと動く。私の新しい部分。尻尾と翼が、私の意思に反して動いている。
「はぁ……はぁ……」
 ため息はそのまま、我慢のきかない荒い息遣いに変わった。魔物の本能が、もう限界だと悲鳴を上げている。
――ああ、早く開けてもらおう。早く彼に扉を開けてもらって、このコートの下を見せたい。
 コートの下は、真冬にも関わらずビキニだけである。しかも、大事な部分しか隠れていないかなり露出度の高いもの。
――早く、変わった私を見てもらいたい。
「はぁ……はぁ……」
 荒くなる息は止まることがなく、目の前が白く染まった息で隠される。ぽわぽわと、現実から意識が遠ざかっていく。

「ねえ、私……あなたのために変わったんだよ?大好きなあなたのために、サキュバスに……」
「な、成美……」
 コートのボタンを外し中身を見せた瞬間、彼の喉が大きく鳴るのが聞こえた。
――嬉しいっ、私に欲情してくれている!
 それだけで、私の心が喜びで満たされた。
 するりと肩からコートを滑り落とし、用意したビキニ姿を披露する。
「えへへ、どうかな?あなたのために、新しく買ったんだけど……きゃっ!」
 くるりと背中を向け、尻尾と翼をよく見せようとした瞬間、彼が後ろから抱き付いてきた。
「も、もぅ、ここ、玄関だよ?するなら部屋で……」
「すまん、もう、我慢ができない……!」
 彼が私の耳に口を寄せ、獣のような息遣いとともに囁いた。彼の低く甘い声が、私の鼓膜から全身を震わせる。
――ああっ!人間だった頃から……小さい頃からずっとアプローチしてたのに、こんなに求められたの初めて!
 素肌にじかに伝わる彼の体温を感じ、私の心は温かさでいっぱいになる。
 そして、私のお尻の谷間には、もっと温かい感触が伝わってくる。
「はぁぁ……そんなっおちんちん、すりつけないでっ……くぅんっ」
 思わず鼻から甘ったるい息が漏れてしまう。今私が一番欲しいものが、大事な部分を上下にこすっている。
「はぁっ、はぁっ!成美の体、いい匂いがする……興奮する……」
 彼が私の首筋に鼻を寄せ、すりすりとこすりつけてくる。
――私はあなたの匂いで、どうにかなっちゃいそうだよ……!
 興奮が高まり、彼のオスの香りが濃くなっている。
 そしてついに興奮が頂点に高まり、彼が自分のズボンを勢いよく引き下ろした……!

 と、ここで私の妄想は途切れてしまった。
――経験がなかったら、入れられる感覚なんて分からないし……
 そう、私は彼に純潔をささげると心に誓ったせいで、いまだに処女なのだ。完全にニブチンの彼のせいである。
――全く、会うたびにおっぱい押し付けたりラッキーパンチラ見せてあげてるというのに、何で反応しないのよ!
 そして、いまだに玄関の扉が開くことはない。
 自分の魅力のなさを嘆いていると、私の背後で物音がした。

 ◆ ◆ ◆

――ドンドコドコドコ!ドンドコドコドコ!
 魔物娘にすらモテない男の悲しみと鬱屈した性欲が、ドラムにぶつけられる。
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