姉ちゃんが不機嫌になったら

 私はミノタウロスだ。だから、男より早く起きて包丁を握り、朝食の匂いを家の中に漂わせるというような、妻の鑑のような行動をする女ではない。
――しかしなぁ……
「寝ている姉ちゃんを放っておいて仕事に行こうなんて、随分とまあ……薄情な男だねぇ」
 いつもあるはずのぬくもりがなくなったせいで、ついさっき私は夢の世界から引き戻された。
 まぶたにさえぎられていた朝の光が瞳に飛び込み、少しずつ焦点がはっきりとしてくる。
 そして最初に目に飛び込んできたのは、私を起こすまいと、そろそろと音を立てずに玄関から出ようとする夫の姿であった。
 今、彼は私の前に正座をし、しゅんとうなだれている。
「ごめん……」
 ぽつりと、彼から謝罪の言葉が漏れる。
 キッドという名前の通り、私の夫はまだ少年と言っていい年齢である。幼さの残る顔立ち。薄茶色の短髪。まだ冬には早い季節だが、朝は冷え込む。そのため、厚手の服装を着込んでいる。だが、私はその奥の華奢な、しかし日々の仕事で鍛えられた薄い筋肉がまとわれている体を知っている。
 そんな少年が、目を伏せ、悲しそうに目を潤ませている。
――正直、かなり興奮する。
 彼が言うことを信じれば、こっそり出かけようとしたのは、私を思っての行動だったらしい。確かに、私たちミノタウロスという種族は、何よりも睡眠を大事にする。時には、魔物娘の本能である性欲すらも押しのけて、睡眠欲が全身を支配することがあるほどだ。
「キッドが言うことにも一理あるんだけどなぁ。しかし、それにしても寂しい話じゃないか」
 なぁ……と問いかけるように言葉を吐き出し、彼の頬をそっと手のひらでなでる。ビクッと彼の体が反応する。
 うつむいたまま、彼がおびえながら上目遣いで私の顔を覗く。
――そんな目で私を見るなよ……子宮がうずくじゃないか。
 彼と相対している間に、完全に目が覚めてしまっていた。つまり、今私の頭の中は、性欲に支配されているということだ。発情一歩手前のこの状態で、彼の可愛らしいおびえた顔である。これで興奮しないお姉さんはいないんじゃなかろうか。
 キッドのビクビクが手に伝わるたび、私の背筋がゾクゾクと甘い刺激に震える。
「何も、そんなにおびえることはないじゃないかよぅ……」
――そんなに私、こいつにとって怖い存在なのか?
 一抹の不安が私の頭の中を掠める。
「姉ちゃんが、お前に怒ったこと、今までにあったか?」
 彼を怖がらせないように、優しく問いかける。
 私たちは夫婦であるが、結婚する以前からの呼び方が抜けきれず、いまだに私が彼に自分のことを言うときも、彼が私のことを呼ぶときも、「姉ちゃん」という単語を使う。
「……何回か」
 男にしては長いまつげを震わせながら、彼は答えた。
――ああ、そういえば……
 彼に言われて思い出したが、確かに何回か怒ったことがあったな。今思い返せば、取るに足らないくだらないことばかりだが。
「うっ、んん……ま、まあ、たまにムッとするときは、あるけどさ……」
 彼を刺激しないように、声色は優しいままだ。図星をつかれたからといって、不機嫌になっては全くこの話が進展しない。
――それに、もう子宮のうずきを我慢するのは無理なんだよ。
 性欲がもはや水を入れすぎた水袋のようにぱんぱんに膨れ上がっていて、いつ破裂してもおかしくない状態だ。早く、一刻も早く、彼とセックスしたい。
「そういうときはな……こうやって」
 彼の二の腕を下から両手で支え、私の背中まで回す。
「抱きしめて」
 その状態のまま、私が足元にある布団に背中から倒れこむ。彼が上から私の体に乗りかかり、両腕で抱きしめている状態になった。さらに、今度は私から、彼の首に両腕を巻き、そっと抱き寄せる。
「ちゅっ……ちゅぅ……軽くキスをすれば」
 唇が触れ合う程度の軽いキスを二度。離れた瞬間、彼の唇のぬくもりが消え、強烈な喪失感と寂しさが襲ってくる。今、私がどんな顔をしているのか、私は痛いほどよく分かる。ミノタウロスは全員単純だ。心と体が嘘を付き合うなんて器用なことはできない。
 だから、彼の目に映る私の顔は、とろとろにとろけているはずだ。
「ほら、分かるだろ?これだけで、もう、嫌なことなんておさらばさ……姉ちゃんはもう、お前のことしか考えられない」
 彼の喉が、ごくりと鳴るのが分かった。今、キッドは私に欲情している。それだけで、私の負の感情は一気に晴れ上がるのだ。
「キスして、姉ちゃんの顔を見ただけで、もうこんなになっちまって……かわいいよ」
 彼の仕事を手伝うために鍛え上げられた腹筋に、彼の欲情の証が熱々になって触れている。彼の方も完全に戦闘態勢に入っているようだ。
「さぁて、今、他に誰もいないところに、愛し合って欲情しあっている番が一組。どうする?」
 いくら私が
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