エストは孤児だった。
出産時に母を亡くし、父は彼が十四の時に戦死した。
身寄りもなく、金がないので孤児院にも入れない。
物乞いをしても、手に入れられるのは雀の涙ほどのお金と欠片ほどの食料のみ。
そんな彼は自然と、悪事に手を染めるようになった。
金と食料を得るために、ひったくり、スリ、空き巣、窃盗を繰り返した。
何度も兵士に追いかけられ、街を転々としながら、これまでずっとあがくように生きてきた。
しかし、十七のある日、つまらないミスで兵士に捕らえられてしまう。
「W・エスト、窃盗の容疑により『投棄刑』に処す」
投棄刑とは、その街独特の刑罰である。
街の南に、地元の住人が誰も近づかない大きな森がある。
そこの最深部まで、目隠しをした受刑者を連れて行き、その場に放り出すというものである。
森に捨てるのが刑罰であるので、森から抜け出せれば無罪放免である。
しかし、彼は自分を投棄場に連れて行く騎士達が語る、恐ろしい事実を聞いてしまう。
かつて投棄刑を言い渡された受刑者が、この森を抜けてきたという例は一度もないということを。
この森は、地元の住人に「魔界の森」と呼ばれている。
「なぁスノー、本当に人間のオスの匂いがするのかよ」
「私の嗅覚に間違いはないわよ。もう少しだから我慢しなさい」
森の中を、二人の女性が並んで歩いている。
一人はミノタウロス、もう一人はスノーと呼ばれたサキュバスである。
「一週間前も同じこと言っていたけどさぁ。その時は人間じゃなくてサルのオスだったじゃないか」
「うっ。ま、まぁ誰だって間違いってものが……」
「二週間前は鹿のオスだったよな」
「ううっ……ミミナぁ……それ以上言わないでぇ……」
スノーは肩を落としシクシクと泣き出した。ミミナと呼ばれたミノタウロスがそれを見て豪快に笑う。
「はっはっは。そう気を落とすな!次はどんな動物のオスが来るか、私は結構楽しみにしてるんだから」
「慰めになってないわよバカぁ!」
スノーがミミナの肩をぽかぽかと叩く。ミミナはまだ笑い続けていた。
「わはははは。いじけるスノーも可愛いなぁ!あれ、向こうに何かいるぞ」
ミミナが正面を指差した。スノーが目を凝らしてそちらを見つめる。
「本当だ。確かに何かが……ああ!人よ人!それもオス!」
スノーが歓声を上げて走り出した。
「おぉい、スノー、待てよぉ!」
力が……入らない……
何なんだ、この森は……
呼吸をすればするほど……体がだるくなる……
頭が、重い……
もう……歩けない……立てない……
……
足音がする……誰?……あの街の人間か?
あれは……翼? それに……尻尾……
ははは……ついに……地獄から、お出迎えが来たか……
もう、眠い……意識が、遠の……く……
「スイートぉ!ただいまぁ!」
森の奥の更に奥にある集落。その中の一軒の家に、スノーとミミナが元気よく入ってきた。
木の板を組み合わせただけのような、非常に簡素な家である。
壁は素人が組んだかのように隙間だらけであり、隙間風が入り放題である。
更に、集落は小さく、家が密集しているので、隣の家の声などは丸聞こえとなり、プライバシーというものがまるでない。
「おかえり」
台所に一人のエルフであるスイートが立っており、振り返りもせずに返事をした。
彼女はまな板の上の野菜を切っており、その左隣には、炎の魔法石に乗せられた大きな鍋が煮えている。
「もう、スイートったら冷たいわねぇ。こっちを見もしないなんて」
スノーが抗議する。
「そうだそうだ、今私達はとっても気分がいいのに、それに水を差すなんてひどいじゃないか」
ミミナが続ける。
「へぇ、何でそんなに機嫌がいいのかしら。ついに動物園開園の目処がついたのかしら」
スイートは涼しい顔で答えた。やはり振り向かない。
「うぅ……スイートもそんなこと言うのね。しくしく」
「犬、猫、兎、狐、狼、熊、鹿、猿ときて、次はなにかしらねぇ……」
悲しむスノーにかまうことなく、スイートは続けて言った。
「うぅーん……」
その時、ミミナの背中に背負われていたエストが、うめき声を上げた。
スイートが慌てて振り向く。
「え、まさか……」
「へっへっへ!そのまさかよ!苦労したかいがあったわ!ついに、ついに!人間のオスを見つける事に成功したのよ!」
両手を腰にあて、胸を張るスノー。
「と、いうわけで、料理なんて作ってる暇ないぞスイート!早速、アレやるぞ!ナニするぞ!」
隣にいたミミナが嬉しそうに声を上げた。
「うぅん……うぅ……ん?」
エストは、不思議な感覚で目を覚ました。
股間が温かい。滑りのある感触もする。そして……
「あれ……何か……気持ちいい」
「おはよう」
エストが目を開けると、目の前に自分の顔を覗き込む女性がいた。
「え、あ、あなたは……」
彼は戸惑いながら尋
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