明後日の八月蝿

 昨日あれほど疲れていたというのに、案外小さな違和感で目を覚ましてしまうものだ。
 ぐちぐちというかすかに聞こえるねちっこい音と、くぐもった女の声に気付き、俺の意識は夢の世界から現実へと引き戻された。
「うぅっ、ふぅーっ、ふぅーっ……」
 ぐちっ、ぐちゅっ……
「はぁーっ、あ゛ーっ……」
 視線の先に、オナニーをしている全裸の幼女がいた。
 歳は小学二年もしくは三年くらい。しかし、その幼さとはかけ離れた、とろとろにとろけきったイき顔をさらしている。
 黒いセミロングの髪が、全身に玉のように噴出している汗に張り付いて、年齢以上の妖艶さをかもし出していた。
「あっ……あー……あ゛ー……っ」
 仰向けになり、まんぐり返しで股間を俺の方にさらしている。そんな体勢で大きく息を吐き、喉の奥から声を漏らしている様は、とても小学生とは思えないほど快楽に開発されつくしているように思えた。
 だが、それも当然である。彼女は人間ではない。
 髪の毛の間から、細く長く触覚が二本、突き出している。背中には大きな薄紫の二対の羽。お尻からは、先にはさみのようなものが付いた黒い虫の腹部のようなものが生えている。そして、自身の一番大事なところをいじっている指。その先から肩の手前まで、青紫の外骨格で覆われている。
 彼女の指は長くて太い。なので、自分で簡単にGスポットを掻ける。相当気持ちいいのだろう。あそこは俺がいつもこすってあげている場所だしな。などと思っているうちに、脳が完全に覚醒した。
「姫子」
 目の前のオナニー狂いの幼女の名を呼ぶ。すでに何度も呼んだ、慣れ親しんだ名前。俺の愛する彼女、ベルゼブブの姫子。
「あー……んっ、んぅ。しょー、起きたぁ」
 瀬田彰。彼女も答えるように、甘ったるい声で俺の名前を呼んだ。

「何でそんなところにいるんだ?」
 素直に疑問を口にした。
 ベルゼブブの性格は「凶暴」で「我侭」で「好色」だ。普段だったら、寝ている俺に覆いかぶさって、無理やり汗と精液をなめとるはずだ。それなのに、俺から離れてオナニーするなんてどういう風の吹き回しなんだろうか。
「しょー、昨日バイトでへとへとだったから」
 荒い息を整えつつ、彼女が言う。
 確かに。昨日はバイト漬けの一日だった。開始時間は昼で遅かったのだが、みっちり八時間働かされたのだ。
 夏休みのファミレスは戦場のようである。厨房で延々と料理を作り続け、鼻がそれらの匂いで麻痺を起こす。
 帰ったら風呂に入ることなく布団に倒れこんだ。だから、一昨日の昼、彼女と一緒に水風呂に入って以来、俺は入浴していないことになる。つまり、今の俺は彼女にとってはとてつもなくいいにおいを放っているはずだ。
 それなのに、彼女は我慢した。
「一昨日、いきなりなめたらしょー嫌がってたし」
 目を伏せて彼女が言う。
 俺を気遣ってくれていたのか。そんなこと、気にしてないのに。
「確かに一昨日は驚いたが……別に、嫌じゃないぞ」
 のそりと布団から起き上がり、彼女のもとへと向かう。
「ほんと?」
 上目遣いで彼女が覗き込んできた。ぱたぱたと小さく羽が動く。彼女の羽は、犬の尻尾のような役割を果たしており、嬉しくなるとこんな風に羽ばたく。少し笑顔も見せてくれた。彼女は悲しんでいる顔よりも、断然笑顔の方が可愛らしい。
「でも……」
 頭を掻いた。起きたときから、頭が痒い。風呂に入っていない上に、この暑さだ。覚醒した直後から、あまりの熱気に早速汗ばんでいるのだ。頭の油も多くなり、それが痒みとなっている。
「せめて、頭だけでも洗わせてくれないか?さすがに痒くて……」
 そう言うと、彼女が目に見えてしゅんとうなだれてしまった。尻尾のように生える虫の腹部が、がくりと地に着いてしまっている。
 一度受け入れてしまった手前、そんな風に目に見えて落胆されると罪悪感を覚えてしまう。
「はぁ、しょうがないな。今日だけだぞ」
 あきらめたように、ため息をついて答えた。
 すると、彼女の様子が一変した。羽をせわしなく動かし、目をキラキラと輝かせている。まるで、欲しいおもちゃを買ってもらったときのようである。
――全く、俺より年上だというのに。単純な性格は見た目の年齢通りだな。
 彼女の要求通り、俺は彼女の顔に自らの顔を近づけた。そして唇が触れ合う。
「ん……ちゅっ……」
 上目遣いで目を潤ませたら、『キスしたい』の合図である。
 彼女は必要最低限のことしかしゃべらない。あとは喘ぐか行動で示す。性的なことに関してはまさに以心伝心である俺たちに、こういったことには言葉は要らない。
「あむぅ……れるれる」
 彼女が舌を出し、絡ませてくれとおねだりする。それに応え、俺も舌を伸ばした。
 やわらかく湿った感触が、舌全体にまぶされる。歯と舌の間へ自分の舌先を伸ば
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