とある地方都市。こじんまりとただずんでいる繁華街から少し離れた場所に、どっしりと腰をすえたように、この県の名がついた国立大学が建っている。
その周りは、大学生向けのアパートや、学生向けの食堂、遊び場など、いわゆる学生街と呼ばれる地域で取り囲まれており、そこそこ賑わっていた。
そんな学生用住居の一つに、コーポバステトと呼ばれるアパートがある。
エジプト神話の猫頭の神の名前。大家が大の猫好きであることから名付けられた。
このアパート、大きな特徴として、「ペットは猫のみ可」というものがある。全ての部屋の玄関ドアに、猫用の扉が備え付けられていたり、ペット用の病院とペットショップが隣接していたり、まさに猫を飼う人のために作られたアパートである。
そんなコーポバステトの一室に、一人の男が暮らしていた。名は雪峰修(ゆきみね しゅう)。この町の中心にある大学に通う学生である。
今日は土曜日。授業の日々は過去に押しやり、出された課題も明日に持ち越せばいいという、彼にとっては一週間の中で最も羽を伸ばすことのできる曜日である。
そんな至福の土曜日であったが、彼は部屋の中でごろごろとしていた。
ベッドの上に転がり、読み飽きた本のページを惰性でめくる。
部屋に流れるBGMは、外でしとしとと降る雨の音。
梅雨真っ只中、この日も雨で、彼は外に出るのが億劫だった。
友人を誘うのも面倒になる、そんな天候であった。
惰眠を貪り、たまに起きては枕の横に積まれている本を読む。そしてまた眠る。
太陽は東から西へ飛んで行き、いつの間にか地平線の向こうへ沈む直前になってしまった。
そんな時刻、玄関扉からぱたんと軽い音が鳴った。
その直後、ぱたぱたと廊下を歩く足音が彼へ近付いてくる。
「おかえり」
ごろりと修が音のした方向へ寝返りを打つと、薄らぼんやりとした声でつぶやいた。
彼の視線の先には、黒猫が一匹。
「にゃあ」
挨拶を返すように、猫は一声鳴いた。
修に飼われているメス猫。
彼がまだ大学に入る前、実家に住んでいたころ、帰り道にダンボールの中に入れられた彼女を拾った。
捨て猫とは思えないほど毛並みが整えられており、黒曜石を思わせるような純粋な漆黒。彼は彼女のそんな浮世離れしたオーラに魅せられ、一目見ただけで気に入ってしまった。
その場で拾って帰り、渋る両親を説き伏せて飼うことになった。
彼は彼女に『ざくろ』という名を付けた。彼女が入ったダンボールが置かれていた場所が、ちょうどざくろの木の真下であったこと、そしてムラ一つない漆黒の毛並みを見て、黒の中の黒『the 黒』と彼が思ったからである。
その後大学に入学が決定し、下宿に引っ越すときに一緒に彼女を連れてきて今に至る。
ざくろの凛とした立ち姿。愛玩動物でありながら、肉食獣の遺伝子を持つことを思い出させる隙のない歩き方。自分のもとへと近付く彼女を見て、彼はますます彼女の格好良さ、可愛さに惚れ直すのであった。
ざくろはワンルームの中央に位置する机の下を潜り、フローリングを音もなく歩き、彼が寝転んでいるベッドのすぐそばまでたどり着いた。
すると、彼女のきれいな黒い毛がざわざわと音を立てて逆立った。
直後、袋を裏返すかのように皮膚が波打ち、黒毛の下から人間の肌が現れた。
体がぐんと大きくなり、膝と肘から上の胴体部がそれぞれ人間のものへと変化する。少女の顔に変化すると、頭の上にひょっこりと黒い猫耳が生えてきた。
本来ある尻尾のすぐ横から、もう一本瓜二つの黒い尻尾が、さながら芽吹きを早回しで撮ったかのように生える。
体の部分は一瞬裸体がさらされたかと思うと、すぐに黒と青の浴衣で覆われた。それは半そでで、下半身も太ももから上しか覆っていない露出度の高いものであった。
尻尾と猫耳、そして手足以外を人間の少女のものに変化させたざくろ。
「ただいま」
彼女は見た目通りの可愛らしい声で、修に帰宅の挨拶をした。
これが彼女の本来の姿。彼女は普通の猫ではなく、猫の特徴を持った魔物ネコマタなのである。
「もしかして、私が散歩に行っている間、ずっとごろごろしてたの?」
眉をひそめ、彼女が問う。
ざくろは猫らしく散歩が大好きであり、雨が降ろうが雪が降ろうが毎日外出している。そんな彼女にとって、一日中部屋の中でひきこもるのは理解できないのだ。
「息が詰まっちゃうよ?」
「一日や二日部屋から出なくたって、死にはしないさ」
対する修は悪びれもせず言い放つ。彼女とは反対に、彼はどちらかというと室内にこもっている方が好きなのだ。
「修って、積極性がないんだね。私と駆け落ちしたときは、あんなにイケイケで格好良くて素敵でマジ王子様だったのに……」
彼女はわざとらしくため息をつく。
「
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