ブラザーにうずく

 実の弟と、性的な関係を持ってしまった。
「はぁ……」
 ため息をつく。
 といっても、別にあいつと関係を持ってしまったことに微塵も後悔はない。誘ったのは私なんだし。
 弟の部屋に入って、オナニーに使えるオカズはないかと探していたら、ベッドの下からエロ本を発掘。
 しかも内容は姉弟物ばかり。
 その上弟がちょうど家に帰ってきてその様子を見られてしまったら、襲う以外に選択肢はないでしょう。
 と、自分を正当化しようとするが、ため息は止まらない。
 処女と童貞を捧げあって、見事初エッチで同時絶頂。
 最後の方なんかは、あいつの口から「お姉ちゃん大好き!」なんて素直な言葉まで飛び出しちゃって……。
 それに気をよくして、二回戦を始めようとしたのがまずかった。
――まさか、母に見られるとはね。
 どちらかというと、高校生の私よりも中学に入ったばかりのあいつの方を可愛がっている両親。
 思い切り私たちを引き剥がし、彼を連れて行ってしまった。
 私は気まずくて、それから自分の部屋に篭りきりである。
「はぁ……これからどうしよ」
 先ほど、父が帰ってくる音がした。
 母は、私とあいつがヤったことを報告するのだろう。
 両親に顔を合わせたくない。

 すっかり部屋が真っ暗だ。
――電気をつけることすら忘れてたんだな。私。
 腰掛けていた勉強机の椅子から立ち上がり、部屋の明かりをつけようとしたとき。
 カーテンが開いている窓に、何か光るものがあった。
 外の光が入ってきているのだろうか。
 いや、違う。
 この横に並んだ二つの光……室内のものだ。
 ぱちり、と光が明滅した。そしてそこから
「こんばんはー」
 声がした。
「えっ」
 驚いて、思わず後ずさりしてしまう。
 光の正体が、そんな私にじりじりと近づき。
 パチン。電灯の紐を引っ張り部屋の電気を灯した。
「あ……」
 悪魔!私が目の前の相手を見て最初に思ったことはそれであった。
 体は人間の女性のものである。しかし、人間ではありえない証がいくつも付いていた。
 頭には角。腰には翼と尻尾。
 珍妙なコスプレ女もいたものだと思ったが、質感が本物としか思えないほどしっかりしていたし、何より翼は自在にはためき、尻尾は重力に逆らってくねっているのだ。
 どう見ても本物だ。
「サキュバス」
「え?」
 唐突な相手の言動。思わず聞き返してしまった。
「だから、私は悪魔じゃなくてサキュバスなんですよ」
 心外であるといった口調で、頬を膨らませて彼女は言った。
 しかし、それ以前に気になることがある。
「あんた、4組の野村さんでしょ?野村春奈」
「ぎくり」
 サキュバスが目に見えて狼狽し始めた。
 そう、私は目の前のサキュバスに見覚えがあるのだ。
 隣のクラスの野村春奈。
 かつては学校のアイドル的存在であったが、最近持ち前の明るさがなくなっていて、その上彼氏もできたという噂が立っている。
 そのせいで、男子の間で人気ががた落ちしてしまったらしい。
 同じクラスの人間とすらあまり接さない私には、彼女に対する情報はこのような噂レベルのものしかない。
 むしろ、別クラスなのにフルネームを知っているという時点で奇跡に値する。
 それだけ、彼女はかつては学校内で目立つ存在だったのだ。
 しかし、噂が立ち始めたころから、彼女の話をさっぱり聞かなくなった。
 いや、それよりも……もっと気にすべき点があった。
「あんた。どこから入って来たの」
 いくら電気を付け忘れるくらい呆けていたとはいえ、さすがに窓の鍵はきちんとかけていたはずである。
 それに、私はずっと扉の方に視線を向けていた。よって、扉からわざわざ入って真反対の窓側に移動することも難しい。
 そもそも、家族がそれを気付かないはずがないし、許すはずもない。
「どこからって、窓からですよ?ほら」
 野村さんはそう言うと、勢いよくこぶしを窓ガラスへと突き出した。
「あっ!」
 割れる!と叫ぼうとした瞬間。
 彼女の腕は音も立てずするりとガラスをすり抜けてしまった。
「こうやって」
 意地の悪い笑みを彼女は浮かべる。
 人気者というのは、みんなこう性格が悪いのだろうか。彼女の場合は元人気者なんだろうが。
「それで、何しに来たの」
 私はまた問いかけた。
 正直、まだ彼女が本当に悪魔……じゃなくてサキュバスだということを信用していない。
 それに、窓を突き抜けて侵入したなんて馬鹿馬鹿しい種明かしも一切信じていない。
 しかし、こんな格好をして、よく分からない理由をつけてまで私の前に姿を現す理由はあるはずだ。それならば、聞いて理解できるだろう。そう思っての質問である。
「さっき一階の様子を見たんですけどぉ、可愛いですねぇ、弟さん。名前は……九郎(くろう)君でしたっけ?」
 
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