天使が僕と出会って堕天するまで

「はぁ……」
 石畳が敷き詰められた道を、一人の男が歩いていた。名はアルマ。
 彼は頭を垂らし、視線を斜め下に向けている。
 肩は力が入っておらず、背筋もだらしなく曲がっている。
 そして時折ため息をつく。
 誰から見ても、彼が落ち込んでいることが分かるであろう。
 彼はつい先ほど一世一代の大勝負をして、見事に敗北した。
 好きな女の子への告白。相手は向かいの家に住む同い年のサアラ。
 小さな頃から仲良しで、いつも一緒に遊んでいた仲だ。
 当時、彼の住む村には子供が少なく、自然と二人きりで遊ぶようになっていた。
 しかし、それが災いした。
「私、アルマとそういう風に付き合えないと思う」
 村が一望できる丘の上、そこに高くそびえる木の下で、彼女はそう答えた。
 友人として付き合う期間が長すぎた。サアラにとって、アルマと恋人として生活するということを考えることが出来なかったのだ。

――明日から、サアラとどんな顔をして付き合えばいいのだろう。
 成功してみせる、いや、成功すると直前まで意気込んでいただけに、落胆も激しかった。
 何しろ、彼女は向かいの家に住んでいるのである。毎日嫌でも顔を合わせないといけない。
 朝、出かけるときに鉢合わせするかもしれない。洗濯物を干そうと前庭に行ったときに、窓の彼女と目が合うかもしれない。帰り道、彼女とすれ違うかもしれない。
 そう思うと、憂鬱で仕方がなかった。

 アルマは、垂れていた頭をゆっくりと上げた。彼の視界に、ボロボロで今にも朽ち落ちてしまいそうな小屋が建っている。彼が住んでいる家である。
 彼の両親はすでに亡くなっているので、彼一人が住んでいる家である。一人で住むには、この程度の大きさの家で十分なのだ。
 なるべく視界にサアラの家が入らないように、目を背けながら門を開けた。
「おかえりなさい」
 そのとき、彼は誰かに声をかけられた。前方からの声。先ほども書いたように、この家には彼一人しか住んでいない。週に一度、叔父が裏の畑仕事の手伝いに来てくれるだけである。今日はその日ではない。そもそも、この声は女性のものだ。かといって、サアラのものでもない。彼女の声はこんなに高くない。
 アルマは声のする方、玄関の扉の方へ顔を上げた。
 そこには、見たこともない少女がいた。
 一言で表すなら「清楚」……手入れの整ったさらさらのセミロングの金髪。シルクなのだろうか、適度に光沢があって、上品な質感の純白のブラウス。胸元には、十字架の形に穴が開いている。同じ素材で出来た膝丈のスカート。半袖のブラウスとスカートからは、まだ幼さを残すみずみずしい素肌が露出していた。
 そして、特に目を引いたのは、彼女の頭の天辺に浮かぶ、輝く輪っかと、ブラウスとスカートの間から覗く純白の翼。
 彼はこの姿を見たことがある。おとぎ話に出てきたエンジェルである。
「あなたは、誰?」
 アルマが目の前のエンジェルに声をかけた。
「私はメルって言います!あなたに幸せを届けに来ました!」

 アルマはとりあえずメルを家に招き入れた。
 このまま玄関の前で話しているのが辛いというのもあったが、彼女に何か言おうとしたときに、自分の家に向かうサアラが目に入ったからというのが最大の理由である。
 しばらくはサアラと顔を合わせたくなかった。
「で、何で僕のところに?」
 先ほどの告白の失敗を思い出し、彼は少し不機嫌に声を上げた。
「空からこの村を眺めてたら、ちょうど木の下のあなたを見てしまって……」
 アルマは顔を真っ赤にした。彼の当たって砕けたあの場面をばっちり見られていたのだ。
「え、あ、あれを……」
「はい。それであなたがすごくしょんぼりしてたので、私が慰めてあげようと」
 この言葉に、彼の顔はさらに赤みを増した。自分よりも年下であろう彼女に、ふられたことを慰められようとしているのだ。男としてのプライドがズタズタに引き裂かれた。
「私の仕事ですから。下界の人々を一人でも多く、幸せにしてあげたいんです。何でもいいです、何でもいいですから、何か私にできることがあれば……」
――何で僕は初めて会った女の子に情けをかけなければいけないんだ……
 強く握った拳がプルプルと震える。アルマは、彼女の慰めなんか欲しくなかった。
「あ、そうだ、まだあなたの名前を聞いてませんでしたね」
「うるさい!」
 彼は叫ぶと、平手で机を勢いよく叩いた。
「僕は一人になりたいんだ……帰ってよ……帰ってよ!」
「だめです!」
 彼の言葉に、メルは頬を膨らませて拒否の意を示した。
「一人で閉じこもってたって、何も解決しませんよ!一人でいたら、いつまで経ってもあの子のことを考えちゃいますよ?いつまで経っても忘れられませんよ?いつまで経っても幸せになれませんよ?」
 だから!と彼
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