妹は霊彼女

 親友に恋人ができた。
 それ自体はとても喜ばしいことである。
 俺にとって彼、夏目葉月は、小学生の頃から一番の親友で、俺にとっては命の恩人でもあるのだ。
 しかし、彼にできた恋人が問題であった。
 海野奈美。葉月の隣の家に住んでいて、俺と葉月の付き合いよりも、長い付き合いである。
 何でも、病院の新生児用のベッドですでに隣り合っていたとか。二人は同じ誕生日だ。
 二人の関係は、聞けば聞くほど『運命』というものを信じざるを得ないほどである。
 だから、その間に割って入るような形で付き合いだした俺には、とても手の届かない存在であった。それは分かっていた。しかし……
 それでも、あの日、海野さんが昼休みの教室で、葉月と交際しているとクラスメートが大勢いる中で告白したときは、ショックが大きかった。
 あの場では笑って祝福しているように見えていただろうが。その時の俺の顔は引きつっていただろう。
 それから夏休みに入るまでの間、わずか数日であったが、とても辛い日々であった。
 何しろ、二人がいちゃついている所を、特等席で見せられるのだ。
 嬉しい気持ちと悔しい気持ち。それらが複雑に絡み合ったまま、夏休みに突入してしまった。

 俺はとにかく勉強に打ち込んだ。塾に毎日通い、学校での夏期講習もまじめに受け、分からない所は先生に直接職員室まで質問に行ったりもした。
 自他共に認めるぐーたら男であった以前の俺では考えられないような変貌ぶりである。
 事実、先生達も驚いていた。
 だが、俺は別に、行きたい大学があったとか、勉学に励みたいとか、そういった高い志があったわけではない。
 ただ忘れたかったのだ。勉強をしている間だけは、葉月と海野さんの事が忘れられた。
 文法を睨み、英単語を覚え、計算と格闘している間だけは、勉強以外の全ての事を忘れられたのだ。
 その結果得られたのは、模試のA判定。両親がそれを見て喜んでいる間、俺はまた複雑な気持ちに襲われた。
 周りの人間が、小さな紙切れ一枚で一喜一憂している。それが馬鹿らしくなったのだ。

 そんな混沌と入り乱れる様々な気持ちに折り合いが付かないまま、八月の半ばに突入してしまった。
 今日から三日間、両親は祖父母の家に帰省してここにいない。お盆になると、親族一同が田舎に集まる恒例行事である。
 しかし、俺は今年は参加しなかった。受験生だから勉強に集中するためというのが理由の一つ。
 そしてもう一つは、ただただ普段会わない親戚に会うのが面倒だったのだ。
 今日もいつも通り教科書、参考書とにらめっこをし、ひたすらガリガリとノートに書き込んだ。
 夜半を過ぎた頃。勉強がひと段落着いたので、ベッドに寝転んでうつらうつらとしていた。
――ああ、電気を消さないとな……
 電気をつけたまま眠ってしまうと、睡眠が浅くなり、寝覚めが悪くなってしまう。
――消さないと、消さないと……
 まどろむ……
 そういえば、こんなむなしい思いになったのは、今回で二度目だ。
 一回目は、小学六年の時だった。
――朋絵……
 心の中で、妹の名前を呼ぶ。
 頭に浮かぶのは、朋絵の最期の日の姿。
 俺に遊びをせがむ妹。友人と遊ぶからと断った時の泣き顔。
 そして、病院に駆けつけた時。すでに息絶えた妹の眠っているかのような顔。
 あの日、俺が友人との約束よりも、朋絵の方を優先していたら。
 一人で遊ばせずに、一緒に遊んでやっていたら……
 後悔した。泣いて泣いて泣きつかれて、その後はどん底まで後悔した。
 両親は俺が悪いわけではないと慰めてくれたが、それでも後悔の念は晴れることがなかった。
 友人とは疎遠になり、休日も家に閉じこもりがちになった。
 そんな時、俺を無理やり家から引きずり出してくれたのが、夏目葉月と、彼の腰巾着のようにいつもぴったりと後ろをついてきていた海野さんであった。
 彼らがいなかったら、俺はどうなっていたのだろう……それだけに、命の恩人の二人がくっついた事は、嬉しくもあり、仲間はずれになったという寂しさにつながる事にもなった。
――朋絵……
 もう一度、心の中でつぶやく。
 最近は勉強ばかりで、彼女の事を思い出す事が少なくなっていた。
 目の前いっぱいに、彼女の笑顔が浮かぶ。
――お兄ちゃん……お兄ちゃん……
 彼女の声が聞こえる。
――電気、消さなくちゃ……
 蛍光灯の光が目に突き刺さる。
――寝覚めが悪くなる……
――お兄ちゃん……
 まぶたがゆっくりと何度も開け閉めされる。
 眠い。
――電気……
――……悪くなる……
――お兄……
「朋絵……」
 意識が落ちる寸前、妹の名を口に出した。
「なあに、お兄ちゃん」
 答える声。答える……声?

 目を開けると、俺の顔を覗き込む顔があった。
――白いな。
 何とも間抜
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