高校三年生の夏は短い。
毎日補習を繰り返し、家に帰れば予習復習。勉強勉強勉強漬けの日々。
学校に行っては、汗水垂らして模擬を受け、塾に行っては、凶悪な冷気を浴びながら講師の話を聞く。
そんな修行僧のような日々の小さな隙間で、彼らは何とか余暇を満喫する。
「おばさん、お邪魔します」
「あら、奈美ちゃん久しぶりじゃない」
太陽が天高く昇り、下界の人々を凶悪な熱光線で襲う直前の時間。海野奈美は隣の家に上がりこんだ。
幼馴染で恋人の夏目葉月が住んでいる家である。
数年ぶりの突然の訪問にも関わらず、葉月の母は温かく歓迎してくれた。
「葉月ー、奈美ちゃんが来たわよー」
葉月母が奥のリビングに声をかけると、一声返事が返った後にひょっこりと葉月が出てきた。
「あ……」
奈美は自分の胸が高鳴るのを感じた。
夏休み直前のあの日、ただの幼馴染から恋人同士になったあの日以来、彼女は彼の姿を見ただけで頬が赤く染まり、心臓の鼓動が速くなり、視界が桃色の霧に覆われる気分がし、股間から熱い蜜が漏れ出るのを感じた。
「ああ、とりあえず俺の部屋に行ってて。ジュースとお菓子持って行くから」
「うん」
彼女は小さくうなずくと、ぺたぺたと階段を上がっていった。今日も当然裸足である。
「葉月」
彼がお盆の上に二人分のジュースとお菓子を用意していると、不意に背後から母に声をかけられた。
「奈美ちゃんの事、大切にするのよ」
「え、どういう事……」
「私の目は誤魔化せないわよー。あんた達、付き合ってるんでしょ」
母がニタニタと意地の悪い微笑をした。
「え、な、何の事だか」
彼の声色には、明らかに焦りの色が伺えた。
「奈美ちゃんの目を見れば一発で分かるわよ。あれは相当あんたに惚れ込んでるわね。全く、親が言うのは何だけど、あんたのどこがいいのやら……」
そう言って、彼女はため息を吐く。
「な、何だよ!別にいいだろ!」
早く母の元を離れようと、せっせとお盆の上にジュースとお菓子を乗せていく。
「まあ、奈美ちゃんならいいんじゃない?お母さん応援するわよ」
そして、何かを思いついたのか、手をポンと叩く。
「何だったら、これから買い物に行くから、部屋でいちゃいちゃしてもいいのよー?」
そう言って、彼女はまた意地悪な笑みを浮かべた。
「ば、ば、馬鹿じゃねーの!?これから勉強するんだよ勉強!そんな事するわけないだろぉ!」
上の物がこぼれそうな勢いでお盆を持ち上げると、葉月はそそくさと階段を上っていった。
自分の部屋の扉を開けると、エアコンの気持ちいい冷気が彼の体を撫でた。
「ごめん、お待たせ」
葉月がそう言うと、奈美が笑顔でそれを出迎えた。
部屋の真ん中に置かれている背の低い小さな机には、すでに参考書やノートが広げられていた。
そして、本来彼が座るはずの座椅子には、重力に逆らうようにして揺らめく、藍色の物体。
彼女はすでに人化の術を解き、本来の姿を露にしていた。
「座れないんですけど」
机の上にお盆を置き、彼はつぶやいた。
「ああ、ごめんね」
彼女はそう言ってのっそりと自らの下半身を横にずらした。だが、いまだにそれは座椅子にぴったりと寄り添っている。
犬が嬉しい時に揺らす尻尾のように、くねくねと蠢いているそれを尻目に、彼は座椅子に遠慮なく座った。
蛇身を挟み、二人が隣り合う形になる。
「ねぇ」
彼の顔を覗き込みながら、奈美は問いかけた。彼が答える間もなく次の言葉を口にする。
「巻きついていい?」
驚いて葉月は思わず彼女の方を向いた。
彼女の顔はすでに赤く染まっており、目は潤み、息が荒くなっている。唇を舐める舌を見て、彼はドキッとした。
「な、何でだよ……」
心中を彼女に悟られないように、彼はそっぽを向いてぶっきらぼうに答える。
「あの日以来、私たち、学校でしか会わなかったでしょ?」
『あの日』とは、放課後の教室で二人が「初めて」を捧げ合った日のことである。
二人はあの日以来セックスどころかキスすらもしていない。
「学校が終わったら今度は塾。家に帰ったらご飯を食べて、後はお風呂で寝るだけ。だから、ずっと寂しかった。ずっとずっと、頭の中から葉月の事が離れなかった」
ここで彼女はごくりと唾を飲み込んだ。
「ここに来て、葉月の顔を見た時、嬉しくて……今すぐ抱きついて、キスして、それから……でも、今日は勉強しに来たんだから。でも、気が緩むと爆発しそうで……頭がふわふわして……」
床に置かれた彼の左手を、彼女の右手がそっと包んだ。
「だから、そうならないように、せめて、せめて私の下半身で葉月にすがっていたくて……駄目、かな」
しゅんと首を垂れ、力なくつぶやいた。そこまで頼られて、無碍に断れる程彼は人でなしではない。
「あぁ……分かった。いいよ」
顔を赤らめ、恥ずかしそうに頭を掻きながら言った。
「
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