幼馴染は蛇彼女

高校の教室は、この時期独特の空気に包まれていた。
木の床から陽炎が立ち上りそうなほどの熱気。期末試験が終わった事への安堵感と気だるさ。そして、もうすぐ始まる夏休みへの期待感。
七月下旬の高校生は、引き絞られた弓のように、エネルギーを溜め込んでいる状態である。
「夏っていいよな!」
昼休み。あまりの暑さに、自分の席で頬杖を付いてぼーっとしていた夏目葉月に、彼の前の席から友人の倉坂重明が身を乗り出し、元気よく声をかけた。
「何だよいきなり……別によくねぇよ……暑いの嫌いなの知ってるだろ……」
全身から汗をだらだらと流しながら、右手で顔を扇ぎつつ葉月は答えた。
「おいおい、お前は分かってないなぁ。夏の良さを全く分かってない。ほら、あれを見てみろ!」
そう言って、重明は振り向いて葉月の視線の先、一人の女子生徒を指差した。
海野奈美。葉月の幼馴染で、幼稚園に通っていた時からの腐れ縁である。
彼女は今友人と立ち話の真っ最中である。友人が面白い事を言っているのか、笑うたびにポニーテールが揺れている。
「奈美がどうしたんだよ……」
「お前、ずっと一緒なのに、彼女の魅力が分からないのか?」
信じられないとばかりに肩をすくめ、ため息をつく重明。
「何だよその仕草……そもそも、あいつに魅力なんてあるか?可愛げがないし、貧乳だし、それに怒ると蛇みたいな目で睨んでくるぞ?お前は睨まれた事無いから分からないだろうけど、本当に怖いんだからな、あれ」
「ばかっ!そこじゃねぇよ!海野さんの一番の魅力はなぁ、足だよ足!」
本人のすぐそばでそう熱論する重明を尻目に、葉月は彼女の足を見た。
――確かに、綺麗と言われれば綺麗かもしれないな。
物心付いたときからいつも見ているので見慣れたものでしかないが、客観的に見ればいい方なのだろうと彼は思った。
すらりと伸びる二本の足。明らかに校則違反である短いスカートのおかげで、それは惜しげもなく晒されている。
そして、学校指定のスリッパ(この学校は校内は上履きでなく、緑色のスリッパを履く)から覗く綺麗な裸足。
葉月は、今まで彼女が靴下を履いている姿を見た事が無い。
「いいだろう?夏セーラーに海野さんのおみ足。冬の雪に溶け込む足もいいけど、やっぱり強烈な日差しの下でこそ映えると思うんだ。あんなにいい足を持っている女性なんか、学校中、いや日本中、いやいや世界中探してもいないと思うぞ!はぁ……何度見ても綺麗だわ……踏まれたい」
まくし立てるように熱く語る重明を、葉月は無視した。

海野奈美は、その後もわいわい騒いでいる男二人を見ると、つかつかと彼らのほうへ近付いて行った。
蛇みたいな目で睨みつけながら……
「あ、おい、噂をすれば……海野さんがこっち来たぞ!」
先に気付いた重明が、葉月をつんつんと指で突きながら言った。
「え?あ……」
葉月が彼女を見た瞬間、体が硬直してしまった。彼女の目付き。幼馴染である彼は、彼女が今猛烈に怒っているのが分かったのである。
「だぁれぇが……貧乳ですって……」
「うっ!」
両手を腰に当て、前屈みで顔を葉月の目の前まで近付けて、奈美は声を荒げた。
鋭い眼光。この世のものとは思えないほどの恐怖の眼差しに、葉月は心底震え上がった。
彼は出会った頃から彼女に頭が上がらない。
――さっきの話聞いてたのかよぉ……
蛇に睨まれた蛙のように、彼は肩をすくめて縮こまった。
「い、いやぁ……何の事だかさっぱりぃ……」
彼はぼそぼそと小さな声で言い訳を付いた。
「葉月。おばさんとの約束、覚えてる?」
彼女の言うおばさんとは、葉月の母の事である。彼はびくりと震えた。彼にとって母は、もう一人の頭が上がらない人物である。
「う、嘘をつかない……隠し事をしない……」
「そ・し・て!言い訳をしない!」
彼女がそう叫ぶと、両手で拳骨を作り、彼の両こめかみを挟んでぐりぐりと回した。
「いだだだだ!ごめんなさいごめんなさい!」
「あーあ、また痴話喧嘩だよ」
二人のいつもの行動に重明はため息をついた。
「ちょ、重明!見てないで、助けろよぉ!」

放課後。勢いを失った太陽が橙色に輝き、学校中をノスタルジックな空気に染め上げている。
――しまったなぁ。弁当箱忘れちゃったよ。
学校の廊下を、葉月が教室に向かって走っていた。先生に見付からないように、足音を殺しながらひたひたと走る。
階段を上がり、校舎の角にある目的地に近付いた時、教室の中から声が漏れ聞こえた。
「あっ……んっ……」
彼の心臓の鼓動が高まり、動きが止まる。
「んん……あふっ……」
何かを押し殺すような、悩ましげな声。
――まさか、こんな所でカップルが!?
高三になった今でも童貞で、彼女が出来た事がない彼だったので、人一倍性に関する事に興味があった。
中の生徒にばれないように、そっと教室の
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