ブッチはもう一度ため息をついた。
もう何時間そこに居るかは分からない。
太陽が沈み、動物の声が聞こえなくなった森の奥深く。
聞こえてくるのは風の音と、震えてこすれ合う植物の音のみ。
ブッチはそんな寂しい所で仰向けに倒れていた。下半身を丸出しにしながら。
「はぁ……どうしよう」
またため息。
彼が誰も居ない所で、猥褻物陳列ショーを行っているのには、理由があった。
まだ太陽が空の天辺にある頃。彼はこの森に入り食用の植物を採っていた。
彼の趣味は、そういった植物を集め調理する事である。
しばらく草を採り続けると、彼は不意に尿意に襲われた。
茂みに覆われた場所を探し出すと、きょろきょろと辺りを見渡す。
誰も居ないのを確認すると、彼はおもむろにズボンを下ろした。
「はぁ、すっきり……」
放尿中特有の安堵感に身を任せていると、彼の背後の茂みががさがさと鳴った。
「なんだ?」
彼が振り返るのと、その茂みからコカトリスの少女が顔を出すのが同時であった。
「え……?」
「きゃぁー!」
二人が声を上げるのも同時であった。
そして次の瞬間、コカトリスの両目から光が迸った。
赤と白が混じった煌く眼光は、ブッチの両目に光速で到達すると、すぐさま彼の運動能力を麻痺させた。
彼は尿を出し終えると同時に、棒立ちのまま後ろへ倒れた。
彼は倒れたまま、コカトリスの走り去る音と、高速で遠ざかっていく彼女の悲鳴を聞いた。
がさがさ。
石化の呪いが少し解け、手の指がようやく動き始めた頃、ブッチの頭の方向から、茂みの鳴る音がした。
――やっと助けか?でもこの格好は見られたくないな
と葛藤していると、彼の顔を覗き込む人影が姿を現した。
「あら、女王様の言う通りでしたわ。こんな所に殿方が」
彼を覗き込む女性。彼女の全身は真っ青で、いわゆるメイドのような格好をしていた。
突き出した両手が担架に変形した青い女性に、戸惑いながらブッチは運ばれた。
突然現れた魔物に不安を感じたが、石化の呪いはまだ解けないので、彼女のなすがままになるしかない。
彼女の足元からは、うぞうぞじゅるじゅるという不思議な音がする。
「あのぉ……それでアクアさん。どこに連れて行かれるんですか?」
自らをアクアと名乗った真っ青な彼女――スライムと呼ばれる魔物らしい――に対し、ブッチは不安そうにつぶやいた。声帯がまだ中途半端に石化しているため、アヒルのような声色になっている。
「女王様の所ですわ」
彼女は答えた。
「女王様、ですか……」
「はい。私が仕える女王様は、さまざまな呪いを打ち消す力を持っているのです。ブッチ様は見た所、コカトリスの石化の呪いを受けておられるみたいですので、女王様に解いてもらうのです」
「はぁ、なるほど……」
ブッチはほっと胸を撫で下ろした。このまま森の最深部まで連れて行かれ、食べられるのではないかとひやひやしていたのだ。
「もうすぐ女王様の御前ですわ」
アクアはそう言うと、両腕を突き出すように伸ばし、姿勢を低くした。
ブッチが突き出された方向に視線を移すと、そこには真っ青な玉座にゆったりと座るこれまた真っ青な女性が居た。
すらりとした両足を斜めに伸ばし、背筋はぴんと伸びている。それでいて、堅苦しさを感じさせない。
女王から迸るオーラは、貫禄がありながらも慈愛に満ち溢れていた。
ブッチは言葉を失った。
「女王様、ご指示の通り、男をお持ち致しました」
「はい、ご苦労様です」
アクアからブッチを受け取り、自らの腕に彼を抱いた。
「ブッチ様、我がスライムの国へようこそ。私、女王のアクアでございます」
柔らかな微笑みを浮かべつつ、彼の顔を覗き込む女王。
「え、あ、何で、俺の名前を?それに……アクアって……」
――最初に出会ったスライムも、名前がアクアじゃなかったか?
あまりの展開の急さに戸惑い、とりあえず素直に疑問を述べた。
「あら、そうですね。何と言ったらよろしいのか……簡単に言いますと、ブッチ様を連れてこられたメイドも、私なのですわ」
そして……と彼女が言うと、女王の横に、もう一体の人型のスライムが姿を現した。
彼を運んだメイドは、腰まであろうかという長髪であったが、今出てきたメイドは、可愛らしいショートヘアーであった。顔も、他の二人より幼く見える。
「私を含め、三人とも私なのです。見る、聞く、嗅ぐ、触れる、味わう。五感全てを共有しているのですわ。ですから、メイドとあなたの会話も全て私は知っているのです」
微笑を絶やさずに、女王は言った。
「は、はぁ……」
ブッチはため息ともうめき声とも付かぬ、中途半端な返事をした。
「あ、そうでしたわ。あなたはコカトリスの呪いにかけられて、困っておられるようですね」
女王はポンと手を叩いた。
「あ、は、はい。その、ずっとこの状態のまま動けなくて……メイ
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