ひとりぼっちふたり

もう、何日この街をさまよっているのだろうか。
いかに私が魔物といえども、さすがにこれだけの間飲まず喰わずだと、命に関わる。
だが、帰るわけにはいかない。今帰ったら、血も吸えない未熟者と罵られるだけだ。
冷笑嘲笑失笑をしているあいつらの顔が目に浮かぶ。
――やはり、人間上がりの汚らわしいお前は、腕も未熟なのですわね!
――吸血鬼が人間一人襲えないなんて、恥ずかしくないのかしら!
空腹のせいで、あいつらの声の幻まで聞こえ始めた。そろそろ危険か……
あの家は……うぅ、ここも入り口ににんにくが。
この街にはにんにくが多すぎる。臭いが充満して、頭が痛い。
石造りの街……同じ色ばかりで、方向感覚を失う。
あの家はどうだ……あ、にんにくがかかってない!
お願いだ、もしこの家の住人に追い出されたら……私は……

地平線に太陽が半分隠され、空は橙色、街の影が濃くなる時間。
蝋燭の灯りが灯る、薄暗い石造りの家の中に、一人の少年がいた。
――よし、今日も美味しそうなご飯ができたな!
目の前に並べられた料理を見て、彼は自画自賛をした。
机の上には、今しがた完成したばかりの料理が並べられている。
「それじゃあ、いただきま……」
椅子にきちんと座り、手を合わせた瞬間、家の扉がノックされた。
――こんな時間に誰だろう?
少年は考えるが、心当たりがない。そもそもこの街の住人で、彼の家に訪れる人間はいないはずである。
もしかしたら、風の音を聞き間違えたのかもしれない……と考えたが、更に二度扉を叩かれた事により否定された。
少年は恐る恐る、玄関に近づいた。
とんとん……とんとん……
一定のリズムで、扉が叩かれ続ける。しかし、回を追うごとに、弱弱しくなっていく。
そして、どさりと何かが倒れる音が聞こえた後、ノックがぴたりと鳴らなくなった。
彼はゆっくりと扉を引き開けた。
扉の目の前に、人が倒れていた。
年は彼より一つか二つ上であろう、少女であった。
真紅の外套に身を包み、髪は肩までの長さで艶のある黒、頭には金色の髪飾りを付けていた。
外套には赤や緑の宝石が散りばめられており、髪飾りには大きなダイヤモンドが付けられていた。
こんな貧しい、石造りの街にはとても似合わない外見。
彼は最初、彼女が死んでいるのかと思った。彼女の肌は、生きている人間ではあり得ないほど、白く透き通っていた。
しかし、彼女は彼の視線に気付くと、びくりと指を動かした。
「だ、大丈夫ですか!?」
彼は彼女に駆け寄ると、体を抱き起こし、仰向けにした。
「あ……」
彼は思わず息を呑んだ。彼女の顔は、宗教画に描かれた聖人のように、美しく整った顔をしていた。
絹のようにきめ細やかな肌。整った鼻筋。まつげは結露したかのように、水分を湛え湿っている。
彼女の顔に見惚れていると、「ぐぅー」と腹の鳴る音がした。
薄く目を開けた彼女が呟いた。
「おなか……すいた……」

「むしゃむしゃ、はぐはぐ……うむ、このパンなかなかうまいぞ。こんなもっちりとしたパン初めてだぞ」
少女は、左手に持ったパンをそのまま口へ持っていき、乱暴に噛み千切る。
向かいの席に座る少年は、そんな様子を頬杖をつき笑顔で眺めている。
「はふはふ……じゃがいもは火がしっかり通っていて柔らかく、ソーセージは肉がぎゅっと詰まっていて歯ごたえ抜群だな」
熱々スープの具を木のスプーンで掬い、ふーふーと息を吹きかけながら頬張る。
「ごくごく……ぷはっ。このぶどう酒、どろどろで味が濃くて……私好みだな」
木のカップになみなみと注がれたぶどう酒を、一気に飲み干す。
「もぐもぐ……ごくり。ふぅ、食った食った……ごちそうさま」
そして彼女は、十分も経たずに全て平らげてしまった。
椅子の背もたれに体重を預け、おなかをぽんぽんと叩く。
今まで黙って見つめていた少年が口を開いた。
「美味しそうに食べてもらえて何よりです。ラミカさん」
ラミカと呼ばれた少女は、少年の方に目を向けた。
「おぬしの料理、中々美味かったぞ。まあ、空腹は最高のスパイスと言うからな」
おなかをさすりながら呟く。
「それにしても……全部平らげた後に言うのはなんだが、おぬしの夕飯を全部食べてしまって、よかったのか?」
「大丈夫ですよ。さすがに一回食事を抜いただけでは、人間は死にませんから」
少年は笑った。
「そうか。何かすまんな。急にこんな風に押しかけてしまって」
「いや、いいんですよ。話し相手ができて、嬉しいです」
彼は恥ずかしそうに頬を掻いた。
「そういえば、私の命の恩人なのに、名前を聞いてなかったな」
ラミカは身を乗り出して尋ねた。
「僕の名前ですか?クルスっていいます」
「クルス、か……」
そう言うと、彼女は蝋燭の明かりに照らされた、薄暗い部屋の中を見渡した。
「それにしても……誰もいないな。一人暮ら
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