「オークだ!オークが来たぞ!」
村の入り口の櫓の上にいた村人がそう叫ぶと、村中が色めき立った。
村の北、村に入るための唯一の道を、悠然と歩いてくる六つの影があった。
その内の五つは、むっちりとした肉体を惜しげもなく晒し、手には巨大な石槌。頭の上には豚の耳が乗っており、尻にはくるりと可愛らしい豚の尻尾が見え隠れしていた。オークである。
そして、彼女達を両脇に従えるもう一つの影は。
「あああ!ベイブだ!オーク使いのベイブだ!」
村人は更に絶望の叫びを上げた。
村人達は一斉に逃げ惑う。しかし、この村は三方を海に囲まれており、逃げ出すこともままならない。
彼らは漁業で生計を立てており、船はあるにはあるのだが、一度に数人が乗れる程度の小さな漁船ばかり。
財産どころか、村人全員を乗せることすら出来ない。
何とか貴重品を詰め込もうとする者。財産を投げ打って、とにかく家族全員を乗せようとする者。ただ逃げ惑うばかりで何も出来ない者。
彼らがここまで狼狽するのには理由がある。
オーク使いのベイブ。彼は、五人のオークを引き連れ、大陸中を駆け回る稀代の大悪党なのである。
「欲しい物は奪って手に入れろ」を信条とし、強大な魔力でもって、敵を一切寄せ付けない。
家来のオークは、彼に絶対の信頼を寄せており、彼が死ねと言えば迷わず死ぬほどの忠誠心を持っている。
村人が慌てふためいている間に、ベイブとその一行は村の入り口の門の前にたどり着いた。
漆黒のローブに隠されたベイブの瞳がギラリと光る。
「な、何でこんな、何もない村にベイブが……」
「村の者共よ!よぉく聞け!」
村人の声は、ベイブの声に遮られた。
割と細身の彼であるが、声は良く通る。
「今すぐに村長を呼べ!直接話をしたい!」
それを聞いた村人達は、しばらくおろおろとしているだけだったが、家来の オーク達が石槌を構えたのを見ると、一目散に村長を呼びに駆けた。
彼らが村長を呼んでいる間、ベイブは腰に手を当て仁王立ちをしていた。
子分のオーク達は、石槌を掲げて格好良い(と本人達は思っている)ポーズを決めている。
「こ、こんな辺鄙な村に、な、何の御用で……」
杖をつきながら、腰が曲がった老人が彼らの前にやって来た。
頭は禿げ上がり、白い顎鬚が伸びている。典型的な仙人みたいな老人である。
「おお、お前が村長か!」
ベイブは張りのある大声で言った。
「え、ええ、わしが村長です……」
「メロウの涙」
ベイブの一声に、村長は狼狽した。
「な、何故それを……っ!」
「やっぱりなぁ!メロウの涙、桃色に輝く大粒の最高級ダイヤ!握りこぶしぐらいある超巨大ダイヤ!売るもよし、眺めてうっとりするもよし!俺らの業界じゃあ、最近その噂で持ち切りだったんだぜぇ!?」
そう言うと、彼は右手をまっすぐ天に掲げた。
そして、勢い良く前方へ振り下ろす。
「お前ら、かかれぇ!」
村人が耳を押さえるほどの大声を聞き、四人のオークは全速力で駆け出した。
ベイブの側に寄り添っていた一人は、その場に残っている。
「さぁて、シルク。今日はお前の番だ。全力で愛してやるからな」
そう言って、側に残ったオーク、シルクを見つめるベイブ。彼女は頬を桃色に染め、うっとりと彼の瞳を見ていた。
村長が、村人にメロウの涙の存在をひた隠しにし、かといって売り捌かなかったのには理由がある。
今となっては寂れた漁村であるが、かつてこの村の側にある山は、ダイヤが取れることで有名であった。
ダイヤ鉱脈が枯れるまでは、この村は栄えていたのである。
村長はその時代の最後の生き残りで、当時は大陸で一位二位を争うほどの腕を持つダイヤ加工職人であった。
彼の加工したダイヤは芸術品であった。見た者の心を奪い、感動させた。
そして、彼の最高傑作がメロウの涙なのである。
素材も職人も最高級。その値段は、人生を七回遊んで暮らせるほどの金額であると言われている。
これだけは、彼は決して売ろうとしなかった。存在すらも他人に漏らさなかった。
村長にとっては、青春の思い出であり、生きる糧なのである。
「メロウ、どこ?」
「どこどこ?」
「そんちょーの家にはなかったぞ?」
「でも村人はみんな知らなそうだぞ?」
残りのオークである、ローズ、チャーミー、イベリコ、メイシャンの四人は、口々にそう言いながら石槌をぶんぶん振り回していた。
村長の家の壁にぼこぼこと穴があき、棚や机はばらばらに砕け、今にも崩れ落ちそうである。
「はっはっは!何だ、まだ見つからないのかぁ!?」
オーク大暴れのせいで蝶番が外れかけていた扉を蹴り飛ばし、ベイブが入ってきた。
彼はシルクをだっこしていた。
「ご主人様ぁ……あたまがふっとーしそうだよぉ……」
シルク
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