広い広い板の間は、異様な熱気に包まれていた。
中央には、多くの蝋燭がひしめき合いながら立っており、燃え盛るそれらからは、むせ返る程の蝋の匂いが漂っていた。
それらは一目見ただけでは本数を把握できないが、数えれば百本ある事が分かるだろう。
蝋燭の周りには、十人の男が、車座になって蝋燭の炎を見詰めている。
橙色の光は、男達の後ろに揺らめく影を作り、彼方の闇を際立たせる。
「じゃあ、俺から話すぞ」
一人の男が声を上げた。返事はない。ただ、唾を飲み込む音や、息を吐き出す音が響くのみである。
一、ゾンビを真似た男
今からどれ位前かは定かではない。
大陸の西南にあるエリオ村で、ゾンビが大量発生した事がある。
その直前に疫病が流行って、多くの人が死んだ上に、その村の墓場にサキュバスが住み着いたのが原因らしいのだが。
サキュバスの魔力を吸い取った死体が、生ける屍となって復活してしまったわけだな。もちろん、当時はすでに新しい魔王が魔界に君臨していたわけだから、復活したのは女だけだがな。
復活した彼女達を見た村人は、一目散に逃げるわけだ。
しかし、ゾンビの数が多すぎた。たちまち村は彼女達に囲まれ……あとは想像の通りの酒池肉林だ。ゾンビ達は、男女の見境もなく村人を襲った。
朝になり、ようやく彼女達は満足した。そして、村から伸びる唯一の道からふらふらと出て行った。村人達は、ようやく助かったと胸を撫で下ろした。
しかし、その中で一人困っている男が居た。名前は仮に、ジョージとしておこうか。
ジョージは村の住人じゃなく、隣村の人間だった。たまたまエリオ村に用事があって来ていた所を、ゾンビに襲われたわけだな。昨夜散々搾られたから、さっさと自分の家に帰って寝たかったんだ。
だが、自分の村に帰るには、ゾンビ達が歩いている道を通らなければならない。普通に突っ切ろうとすると、彼女達にまた襲われてしまうだろう。回り道をしようにも、エリオ村は森に囲まれていたから、ハニービーとかホーネットとかに襲われる可能性が高い。
ジョージは思案した。そして、妙案を思いついたわけだ。
ゾンビは腐りかけの体を引きずるように歩く。だから、彼女達の歩き方を真似れば、奴等は自分を仲間だと認識して、襲ってこないのではないか。
ちょうど彼は疲れ果てていたから、自然と彼女達のステップを真似ることが出来た。
そして、彼の作戦は一応成功した。冷や汗をかきながら、ゾンビの群れの中を、彼女達のステップに合わせてずるずると足を引きずって歩いた。彼女達はそんな彼を一切疑わず、何もしてこなかったんだ。
そうして、彼は無事にゾンビの群れを突っ切り、自分の家に帰る事が出来た。
そして、彼はベッドに倒れこむと、ぐっすりと眠った。
だが、彼はすっかり忘れてたんだな。彼女達は彼の村に向けて歩いていたんだ。当然、精が抜け切って乾いた彼女達は、彼の村を襲い、ジョージは一日に二度も、ゾンビに美味しく頂かれちゃいました、と。
話し終わった男は、一息の沈黙の後、目の前の蝋燭を一本吹き消した。
周りの男達は、話を聞き終えると、口々に
「ジョージマジ羨ましい」「エロい」「ゾンビ萌え」
と囁き合った。
ひとしきり喋ると、徐々にそれらの声は小さくなり、また部屋は沈黙に包まれた。
そんな時、ゾンビ話を披露した男の右隣に座る男が声を上げた。
「これは、俺の叔父の話なんだけど……」
二、おおなめくじに追いかけられる
俺の叔父もこの村に住んでいるんだが、ミクジ山にある岩塩を掘る仕事をしているんだ。
これは、数年前の話なんだけど。
叔父がいつもの様に朝早く起きて、ミクジ山に登っていると、後ろから物音がする。
最初は獣が近付いていると思ったらしいんだが、どうやら違うと気づいた。何故なら、その音は妙に粘り気というか、湿り気を帯びていたらしいからだ。うぞうぞじゅるじゅるという音が、段々叔父の背中に迫ってくる。
振り返ると、そこにはおおなめくじが一匹。
彼女の息遣いは荒く、顔は真っ赤だった。だから、一目見ただけで彼女が発情している事が分かったらしい。
叔父は独身だったから、別に襲われても怒る人はいないんだが、体力が無くなれば仕事が出来ない。
だから、彼女から逃げたんだ。
おおなめくじは動きがのろいから、簡単に振り切る事が出来ると思ったんだ。
だが、そう簡単にはいかなかった。みんな知っての通り、ミクジ山は斜面が急だ。だから、山道はジグザグになっている。そうしないと角度が急すぎて登れないからな。
しかし、おおなめくじにはそんな事関係がない。しっとりと湿り、粘液を常時滴らせてる、あの接地面の広い足は、どんな角度だろうと見事に吸着することが出来る。
だから、叔父がせっせと大回りをして
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