地に足を 土に芽を

 
ああ、わかってはいるんだ。俺の見通しが甘かったって事をな。何故俺はあの時、唐突にこの誘いに乗ったんだろうか。だけど、あのまま居れば俺は間違い無く借金地獄に落ちるか、明日をも生きれない状況に陥ってただろう。家があって、飯が食えて、風呂に入れて、布団で寝れるだけマシというものだろうか。こんな窮地に立たされてるのも自業自得だと理解しているが・・。

「甘かったな・・、やっぱド素人の俺が農業に手を出すべきじゃなかった・・」

社会人になって10年目にして、俺が務めていた企業は突然倒産してしまった。別に不況の煽りや不正行為をして倒産したわけじゃない。社長が愛人にのめりこんでしまい、会社の運転資金を根こそぎ使ってしまったからだ。そんなくだらない事実で俺は無職になった。その後はかろうじて出た退職金を食い潰しながら新しい職探しをしていたわけだが、上手く職に在り付けず焦燥感だけが残っていった。そして、とうとう資金も危なくなった時、一枚のチラシに目を奪われ一念発起して田舎で農業をする事に決めた。もちろん俺は農業なんて一度も経験した事が無いし、何をすればいいかすら知らない。それでも僅かな望みに全てを賭けて、幼い頃からの憧れの農業ライフを満喫しようと考えていたのだ。もちろん憧れなんぞで豊かな農業ライフなんて出来る訳もなく、ただ只管に右往左往するだけの毎日を送るだけだ。正直言って、参ってしまっている。それに近所に住んでいる老人達からは嫌味ばかり言われる毎日。やれ「今度の若いのは何日目で消えるのじゃろうか」とか「若造なんぞが農業に憧れ持った所で何も出来んじゃろ」とか、散々な言われ様だ。確かに憧れだけでやっていい職では無いのは理解出来た。だけど俺も引くに引けないとこまで来てしまっているんだ。今更帰る訳にはいかないんだ。所持金だって無一文に近いとこまで底を付いてるんだ。しかし・・・。

「雨が降ったら農家は喜ぶとか、日照時間が良いと作物の育ちが良くなるとか・・・そんな美味い話は無かったな・・」

雨が降ればそりゃ喜ぶさ、だけど、あんまり長時間降り続けたら逆に作物や土地がやられちまうし、日照時間も多すぎると萎えてしまう事もある。人生上手くいかないもんだ。これから先、なんとかなるで済まないよな。この先どうしたらいいものやら・・・。

「最後に残った種も・・・後これだけか。しかも季節外れな・・」

もう秋の終わり口だというのに残ったのが夏野菜の類ばかりか。人生詰んだな。いっその事、来年の春まで冬眠したい。まもなく農家にとっては苦行とも言える冬が始まろうとしているのに、俺には何の手も無い。このままでは温かい飯も雨風を防げる家も凍えそうな季節から体を守ってくれる厚めの布団も全てが失われる。だからと言って、近所の爺さん婆さんが助けてくれるなんて甘っちょろい現実なんて有るわけも無く。通帳を見ながら軽く溜息を吐く。節約しても来年の春を迎える頃には孤独死が確定する預金残高。全てが八方塞がりな現実に何度も逃げ出したい気分になってくる。

「・・・逃げた所で帰る場所なんて無いしな・・」

無理だ!無茶な事をするんじゃない!もう少し現実を見ろ!と両親に散々言われ、とんでもない啖呵を切っちまって飛び出した俺が悪いんだし。きっと今頃親父達も今の俺の状況を想像して『それ見た事か!』と罵ってるだろう。だが、せめて・・・一度でいい。一度でいいから親父達に立派に育った作物を送ってやりたい。それがせめてもの謝罪だ。今の現状では打つ手無しだけどな。

「このままでは作物どころか・・・・」

季節外れの種を握り締め一人呟く。今は自分の身をなんとかして春まで生き延びれるようにしなくては。冬季の間だけバイトでも、と考えたがこんな山奥では働ける場所も見つからず。街のほうまで下っていけばなんとかなるかもしれないが、生憎と移動手段が無い。以前持っていた車は退職と同時に手放してしまったからだ。そうしないと無駄に維持費が掛かるだけで首が絞まってくると考えに考え抜いて手放したのだ。

「見栄張らずに軽乗ってりゃ良かったんだ・・。そうすりゃまだ多少でも金が残ってたのに・・」

今更後悔しても遅いが、今はそんな事はどうでもいい。今の俺に必要なのは明日を行き抜く事だけだ。早く手を考えないともうすぐ雪が降ってくる。雪が降ればほとんどの交通手段が遮断され孤立してしまう。そうなると俺は身動き一つ出来ずに死を待つばかりだ。一体どうすればいいんだ。

「・・・親父達に頭下げてなんとか許して・・いや、ダメだ。自分でやると言ったからには最低でも一年は耐えぬかないと・・」

それに収穫の楽しさを一度でいいから味わってみたい。頭を下げるのはそれからだ。俺にも意地はある。親父達に俺が育てた作物を味わってもらいたいんだ。そうじゃなきゃ此処
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