終着点という名の始発駅

6畳一間のぼろぼろのアパート。ほとんど何も無い部屋の真ん中で大の字になり天井を見つめる。もう天井の染みの数を記憶しているほどだ。この光景を何度見た事か。ただ、・・ただ、ひたすら仰向けになり天井だけを見つめる。職も無く、金もほとんど無く、動く気力すら無い。今手元に残ってるのは遅れに遅れて届いた退職金のみ。その退職金も後僅かしか残っていない。それもこれも、今まで信じていた女に裏切られたせいで。あの日、・・・あの女に騙されるまで俺は何を信じて生きていたんだろう・・。そう、・・あの日・・。




あの運命の日。俺は見てしまった。妻が・・、見知らぬ男とラブホテルに入っていくのを・・。まるで本当の夫婦のような、それでいて俺には今まで一度も見せた事の無い嬉しそうな笑顔で男に付いていくのを。始めは見間違いだと思った。俺の勘違いであってくれと切に願った。だが、現実は非情だった。あの女は・・、俺の子だと言って産んでくれた息子は・・あの浮気相手の子供だとあっさりと自白した。俺は何も知らず、10年以上もの間、我が子とばかり一身に愛情を注ぎ、何不自由無く大切に育ててきたというのに。本当は俺の子じゃ無かったんだ。そして事もあろうに、あの女は浮気相手の男と結託し俺を罠に嵌めた。家を奪われ、財産を奪われ、人生を奪われ。そして・・・俺は理不尽な理由で仕事すら奪われた。きっと・・あの女の差し金だろう。転がり、時には飛び跳ねるかのように俺の人生は奈落へと一直線に突き進んだ。もう俺には失う物なんて一つも無い。もし、あるとすれば・・・それは俺の命だけだ。だが・・それすらも、もう消え失せようとしている。俺の体はあの日から病魔に蝕まれたかのように日に日に痩せ細り今では申し訳程度にある筋肉と骨と皮だ。顔も痩せこき、鏡に映るは今にも死神を呼び寄せようとしているかのような怨念と悔恨が刻まれた表情。

「・・・早く・・死期が来てくれんかな・・」

そう呟くが、生憎と人間は色々としぶといようだ。死にたいと願っても神がそれを許さない。神は全てを奪われた俺にまだ生きろというのか。これ以上の地獄をまだ味わえというのか。神など、所詮は人が創り出した空想の産物。だがもし・・・神が本当に居るというのなら・・、




あの女にも俺と同じ地獄を与えてやれ!!いや、それ以上の地獄を味わせてやれ!!



あの日の事を思いだし奥歯を噛み締める。ぎりり、と鳴った奥歯がぐらつき簡単に根元から折れた。どうやら栄養失調になりかけのようだ。そうか、俺の人生は餓死という結末を迎え入れるのか。ふ・・はははあはははっ。この恵まれた現代で餓死を選べというのか。だが、何も持っていない俺にはちょうど良い最後だな。大の字になりながらズボンのポケットに手を突っ込む。俺の人生の最後の金。・・・この手に握られている僅か4万2千円。巧い具合に死に番号だな。どうやら死神は早く死地にやってこい、と言ってるようだ。だが、死神よ。俺は俺で死に場所を選ぶ。お前の誘いは受けん。ひょろひょろに細くなった身体を無理矢理起こし、俺は宛ても無く出掛ける。どうせ死が目前に来てるのなら好きな事をやってから死んでやる。そして俺の命が尽きる時には・・・あの女と今まで騙してくれた浮気相手の男に一生どころか生まれ変わっても消えないほどの呪詛を贈ってやろう。それが俺からの賛辞だ。


ふらふらと歩く俺を見た通行人が驚いた顔をして避けていく。きっと、俺の顔は鬼のような般若顔か死を呼び込むような陰鬱な顔をしているかのどちらかだろう。もっとも、態々鏡を見て確認する気は無い。俺は勝手気ままに歩き続ける。死神に誘われる餓死よりも、せめて最後は人らしく死にたい。誰も来ないような森の中がいいだろうか。それとも、このまま海に出て水死体になるのもいいんだろうか。自らの最後を選んでる狂気が心の中で膨らみ続ける。もういいだろう?早く死んで楽になろうぜ?このまま生きてても待ってるのは餓死だけだぞ?死んで一生消えない呪詛を奴等に贈ってやろうぜ?俺の心の中に住んでいる悪魔が微笑む。奴等を恨め、妬め、殺せ、潰せ、引き裂け。様々な狂気が俺の中で膨らんでいくのがわかる。奴等が憎い。殺したい。全てを奪って毎日地べたに這いずり回してやりたい。俺が味わった苦しみを奴等にも同じように・・。負の感情が俺を支配していく。今の俺の瞳に映るのは憎悪のみ。なぁ神様よ、本当に居るのなら俺が死んだ後に奴等も地獄に堕としてくれよな。俺が地獄の底で待ってるってな。

今日まで、ほぼ毎日飲まず喰わずだったせいか、足元がふらつく。俺はまだ・・こんな所で死にたくはない。まだだ、まだ・・俺は死に場所を決めてない。もう少しだけ俺の体よ・・耐えてくれ。後少しなんだ、後少しで何かが見えてきそうなんだ。俺の最後の土地が・・。

「目が・
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