<後編>時の架け橋となった御猪口

あの日からどんだけ時が過ぎちまったんだろうなぁ。100年?200年?いや、もっと過ぎてるかもしんねぇな。村が焼けちまったあの日からアタイは人を襲わず、ひっそりと生きてきた。これまでにアイツほどの男に出逢えなかったってのもあるがアイツ以上に気に入る奴なんて絶対にいねぇ。それだけは言える。

「さぁ〜て、今日も呑むかねぇ〜」

アタイはお気に入りの山桜を見る為に丘へと出掛ける。あれからかなりの年月が経っちまったが、あの丘は今でも残っている。ジパングという国から日本という国に変わっちまったというのによ。アタイがいつもの丘で呑んでいるといつもの調子で浅葱がやってきた。

「今日も相変わらず呑んでるわね〜」

「へっ、よく言うぜ。そういうお前こそ毎日来てんじゃねぇか」

「あらあら・・酷いわ・・、一人寂しく呑んでる貴女の為と思って足繁く通っているというのに・・」

また浅葱の演技が始まったか。全くいつもいつも飽きねぇなー。そういえばいつの間にか浅葱の尾が4本に。

「また尾が増えたのか。…歳食ったな」

「ひ、酷いわ!どうしてそんな酷い事を言うの!歳を経て得ただけの尻尾が物寂しく揺れて男を誘ってるだなんて!」

「いやいや、そこまで言ってねぇからな?って、いうか図星だったのかよ・・。なんか・・すまねぇな」

「悪いと思ってるのでしたら旦那様ください〜〜・・」

御互いに旦那居らずの寂しい身。なんとも情けねぇ姿だなあ。あの一件以来、何故かアタイらは男との縁がめっきり無くなってしまった。どうしたもんだか。情けなく頭をボリボリと掻き毟りながら酒を呷る。不味い。今日も酒が美味く無い。隣を見れば浅葱もしかめっ面で酒を呷っている始末。どうやら昔の事でも思い出しながら呑んでるんだろうな。今でも思い出す。アイツの姿を。声を。優しい言葉を。そして、朴念仁のような性格を。そういや、アイツに渡したままの御猪口、結局戻ってこずだな。ま、いいかね。アイツへの手向けだ。向こうでもアタイの御猪口で楽しく呑んでくれや。

「ふぅ〜〜・・・、なぁ、浅葱」

「どうしたの?」

「お前さぁ・・。アイツの事、どう思ってたんだ?」

「・・・そうねぇ、絶対に旦那様にしたかった御方ですわね」

やっぱりそうだよなあ。幾度となく続く酒の席での話。もう何年続けたんだろうか。御互いにアイツの事を忘れられないなんてな。もし、あの日、戦が無かったら。もし、あの時、アイツが生き残ってくれてたら。いや、よそう。今更考えたところでアイツは生きてねぇし。もし生きてたとしても、とっくの昔に寿命でくたばっちまってるはずだしな。ウシオニのアタイがなんとも女々しく情けねぇな。たった一人の男が忘れられないなんてな。

「はぁ〜・・酒が不味い。・・・浅葱、なんか食いもん持ってねぇか?」

「そうねぇ・・、何かあったかしら・・」

浅葱が袖の中をごそごそしていると袖口から栗が一つ落ちた。

「・・・あら?どうして栗が?」

「へっ、どうやらアイツがあの世からアタイらを見てるんだろうぜ」

アタイは落ちた栗を摘み上げ昔を懐かしむ。アイツが好きだった栗を眺めながら酒を呷るとなんだか懐かしい味がしてきた。

「・・・今日の酒は美味くなりそうだなあ?なぁ、浅葱?」

「そうねぇ、きっとあの頃の味がもう一度味わえるのかもね」

栗の皮を裂き実を取り出し、まだ渋そうな栗の実を口に頬張るとあの時の味が蘇ってきたが、やっぱり渋かった。

「ん、・・やっぱ渋かったか。アイツの性格みたいな味してやがんな」

「ふふ・・・、それは貴女も同じでしょう?」

「そりゃどういう意味だい?」

「本当は襲いたかったはずなのに渋い顔して我慢しちゃって♪」

「そりゃ御互い様だろ・・・、お前だってアイツの事かなり気に入ってたくせによ」

御互いに軽口を叩きひとしきり笑うと浅葱は急に真剣な面持ちでアタイに妙な事を聞いてきた。

「ねぇ珠洲莉。最近何か変わった事がありませんでしたか?」

「・・・?いんや?呑んで食って寝ての繰り返しだ。それぐらいおめぇも知ってるだろ」

「そぅ・・ですか」

「ぁん?どうしたんだ?変なもんでも食っちまったか?」

「いえ、つい最近になってからなんだか懐かしい匂いがするのです・・・。それも私を興奮させるような・・いえ、なんだか優しく包んでくれるようなそんな匂いが・・」

「はぁ〜??何言ってやがんだ?そんな匂いなんぞ気付かねぇよ?」

そうですか、気のせいでしょうか、と首をかしげ何かを悩む浅葱。はぁ、全くもってわっかんねぇやつだなぁ。ま、いいさ、今日はその懐かしい匂いとやらを探しながら酒を味わうかねぇ。

そして夕刻、夕陽が沈むのを浅葱と酒を呑みながら眺めていると不意にアタイの鼻先に何かまだるっこしい甘い酒の匂いが
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