<前編>徒然なる酒を酌み交わし

アタイがあいつと初めて出会ったのは雪が降り始めた頃だった。お気に入りの場所で一杯やろうかと馬鹿でかい徳利と肴を持ち出し向かった先にあいつは居たんだ。ただ何をする訳でも無く冬の薄暗い空を丘の上で見上げていた。アタイも釣られて空を見上げてみたが何も無い。何も無い空を見つめ続けるあいつは本当に奇妙な奴としか思えなかった。だが、アタイにとっちゃそんな事はどうでもいい。目の前の活きのいい獲物が早く喰ってくれと言わんばかりに待ってるんだからな。アタイは蜘蛛足をドスドスと音を立てながらあいつに近づく。アタイに気付いたあいつは逃げもせず怖がりもせず黙って近づく此方を見てる。本当に不思議な奴だ、このジパングでアタイを見りゃ赤子でさえ逃げ出すというのに。

「よぉ、そこはアタイのお気に入りの場所なんだ。それをわかってて此処に来たのか?それともアタイに喰われたくて待ってたのか?」

「・・・・」

「なんだぁ?びびってんのか?それとも今更命乞いでもしたくなったのか?」

だけど、あいつは何も言わなかった。癪に障る無表情のままアタイを見据える。

「おい、なんとか言ったらどうだ?もしかしてアタイに喧嘩でも売りに来たのか?」

暫し時を置いてからあいつが口を開いた。

「・・・・別に何もない。ただ、ここに居たかっただけだ」

呆れたやつだ。アタイにびびるどころか、その場に腰を下ろそうとしている。目の前に居るウシオニを完全に無視し、その場に腰を下ろすとはたいした度胸だ。今まで見てきた男の中でもとびっきりに最高だ。

「おめぇ、一体何モンなんだ!?」

「何モンと言われてもな・・。ほら、ここからちょうど正面に村が見えるだろ。あそこに住んでるただの阿呆よ」

自らの事をただの阿呆と言ったが瞳の奥には野心の炎が渦巻いているのがチラリと見える。こいつはただの阿呆じゃない。度胸もあるし、瞳の奥には野心が見え隠れしている。それにほどよく鍛えられた体から発せられる気。これも中々のもんだ。アタイもこいつに釣られて隣に腰を下ろし持ってきた酒を口に含む。

「くはぁ〜〜〜…、やっぱ酒はうめぇな〜〜〜」

「・・・そうか」

「おいおい、おめぇ辛気くせぇなぁ。もちっと愛想良くできねぇのか?んぐ・・んぐ・・」

「ふむ、…それじゃ一献貰おうか。と、でも言えばいいのか?」

それを聞いた途端、アタイは盛大に酒を噴き出した。まさか、ウシオニ相手に酒を寄こせと言う奴が居るとは。ここまで度胸があるのは本物の阿呆かでっけぇ器の持ち主ぐらいだ。たぶんこいつは後者だろう。

「くくくくっ・・・、あははははははは!おもしれぇ!おめぇ最高におもしれぇよ!ウシオニに酒をくれなんて・・・くくくっ・・」

何が可笑しかったのかわからず首をかしげたまま考え込んでいるあいつの手を掴み持っていた人間用の御猪口を握らせてやった。

「ほれ、まぁ呑めよ!たいしたもんだぜ!アタイに酒をくれと言うなんてな!」

アタイは御猪口に酒を注ぎ早く呑めと勧める。ついでに肴として持ってきた猪の干し肉を引き裂き手渡す。

「それ食ってみな。なかなかいい味するぞ!」

「ほぉ・・・、豪勢だな。猪の干し肉とは」

アタイに勧められるまま干し肉を一口齧ると同時に酒を口に含む。口の中で肉の旨味と酒を堪能しながら嚥下すると僅かに表情を綻ばせた。

「へぇ…いい顔すんじゃねぇか。時化たツラしてるよりかそっちが似合ってるぜ」

「そういうもんか?」

「そういうもんだ」

御互いに無言で酒を啜る。ただ、それだけだというのに今日の酒はとびっきり上等な酒に思えてくる。今まで、誰も近寄って来なかったこの丘にまさかこんな図太い神経の持ち主が来るなんてな。それになかなか渋みのある良い顔をしてるじゃないか。ますますアタイ好みだ。

「なぁ?」

「ん、なんだ?」

「おめぇの名、なんていうんだ?」

「庄平だ。そこに見える村で百姓をしてる・・『嘘だな』・・」

「アタイに嘘は効かないぜ?それぐらいおめぇもわかってんだろ?」

「……」

おやおや、今度はだんまりか。一癖も二癖もありそうなやつだ。だが、こういうのは嫌いじゃない。余計な事を喋るやつよりかは多少マシだ。アタイは黙って酒を呷り何も無い空を眺めた。

「ふぅ〜〜〜〜…、誰かと酒を呑むっつうのもいいもんだ・・」

「・・・・」

「その相手がアタイ好みの男なら尚更だな」

「それは恐縮至極・・」

「・・・おいおい、それだけか?・・かぁ〜〜〜〜っ・・!全くとんだ無頼漢だな。・・・ん?おめぇ、酒ねぇじゃねえか、いつの間に呑んだんだ。ほら、御猪口出せ」

庄平は黙ってアタイの言う通りに御猪口を差し出してくる。意外にも結構呑むやつだな。ウシオニに合わせた強烈に辛い酒なのにあっさりと呑んでやがる。おもしれ
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