〜春〜
花は咲き、気温も上がり人々の動きが活発になる時期。明るい季節なのに純喫茶ブルームは暗く静まりかえっていた。それもそのはず、時刻は既に10時半を廻ろうとしているのに店内には客が居ない。マスターの東雲 政治(しののめ せいじ)は溜息を吐きながらカウンターに突っ伏した。突っ伏したマスターの横では、息子2人が黙々と店内を掃除していく。兄は現在大学1年生、弟は高校3年生である。二人はいつもの日課のように掃除を始めるが今日は雰囲気が違った。2人は軽くアイコンタクトを交わすとカウンターで溜息を吐く政治に声を掛けた。
「「父さん、少し話があるんだけど」」
見事にハモった。
息子2人に同時に話し掛けられ少し困惑した政治だったが、気を取り直して返答する。
「二人同時とは珍しいが何か頼み事でもあるのか?」
「いや、頼み事じゃないけど・・・。父さん…優(ゆう)も後一年で高校卒業するから・・・その時に店を畳まない?」
兄の啓一から聞きたくない言葉を受けた政治は愕然とする。意識が少し飛びそうになったが政治は堪える。だがトドメとばかりに弟の優も言葉を繋ぐ。
「父さん…。この店は亡くなった母さんとの思い出の店なのは解ってるんだ。でも、これ以上は無理をしてほしくないんだ。僕達の学費もぎりぎりの生活費を削って出してくれているのは知ってるんだよ。だから…」
それ以上の言葉を出さず、優は黙りこんでしまう。この店は母である、東雲 葉子(しののめ ようこ)と共に頑張って立ち上げた店。だが葉子は、優を出産して僅か3年ほどで病で此の世を去った。それからは息子2人の為に必死に生活を守り、愛情を欠かす事無く育ててきた。だが現実は非情だ。店の経営が危うい事も理解している。魔物娘達が現れてから税金などの負担は法律の改正により軽減されたがそれでも綱渡りな状態だった。本当は政治もわかっていた。このままだと数年先には店を手放す事になるだろう、と…。思案に暮れているとドアベルが鳴り出した。
リリリン
「あら、可愛らしい音ね。」
久しぶりの客に政治の顔は親の顔からマスターの顔になるが客を見た瞬間に表情が凍りついたが、すぐに常套句を切り出す。
「いらっしゃいませ、ブルームへようこそ。御注文がお決まりでしたらお伺い致します。」
そういうとマスターは息子2人にアイコンタクトを送ろうとするがいつのまにか厨房に逃げられていた。それもそのはず、政治も啓一も優も全く魔力に汚染されていないので魔物娘を相手にするには骨が折れる仕事となる。もちろん一番の理由は誘惑に抗う事。これが最初の仕事と成る為に2人は厨房に逃げたのだ。マスターは少しばかり息子達を恨んだがしょうがないと諦めた。客がエキドナだったからだ。エキドナの高魔力、そして魅惑的な体、近くに居るだけで襲いたくなる衝動に息子達は耐えれない為、早々に逃げたのだ。だがマスターの政治だけは違った。上位種の魔物が近くに居ても魔力が浸透しにくい体質だったので平然としていた。エキドナはマスターに軽く流し目をすると媚びるような口調で話しかける。
「ねぇ…マスター。蛇体も休めたいんだけど、ラミア用の席って無い?」
「ん、あぁ・・。ちょっとだけ待ってくれないか。窓際の席を円卓にするから・・」
そういうとマスターはテキパキと窓際の4人様用の席を円状になるように移動させる。蛇体が見た目よりも長そうだったので8人分の席を使い綺麗に丸く席を設けた。
「お待たせいたしました。ごゆっくりとおくつろぎください」
「ありがとう・・・(・・・変ね、少し魔力を込めて話しかけたのに全く効いてないわ)」
エキドナは蛇体を円状になった席に乗せマスターを眺める。マスターは不思議そうな顔をするがそれだけだった。少しばかり興味が湧いたエキドナはマスターに訊ねた。
「ねぇ、マスター?貴方はもしかして・・・インキュバス?」
「なんとなく聞かれるのは予想してましたが、…私は普通の人間です。ただ魔力が浸透しにくい体質なだけなのです」
そう答えるとマスターはカウンターの中に入りのんびりと注文を待つ。エキドナは席でメニュー表を広げ思案中。まったりとした雰囲気が流れる中、エキドナは注文する。
「ベーコンレタスサンドとブレンドお願いねー」
注文を受けたマスターは厨房に居た息子達にベーコンレタスサンドとブレンドを作るよう指示する。だが、指示をした瞬間・・・エキドナの目が光った。
「厨房の御二人は息子さんでしょうか?…(マスターの匂いも好みだけど、2人の匂いも若々しくていいわぁ・・・)」
「あぁ。自慢の息子達でね。妻を亡くしてからは常に私の傍で手伝ってくれているのです。」
答えた後にマスターは昔を思い出すかのように軽く目を閉じる。
「ゴメンナサイ…不躾な質問で
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