真夜中の訪問者

 いつもより暗い夜だった。月は雲に隠れていたが、雲は薄く、ぼんやりと月が見えた。不思議なことに、完全な暗闇よりも今にも消えそうなか細い光の方が、人に不安を煽るようだ。何か、嫌な予感がした。月の隠れた夜くらい何度だって経験してきたが、なんというか、たまに第六感が反応することがあるのだ。経験上、そういう日はいつもより早く寝た方がよい。


 家のろうそくを消して、いざ寝ようとした時。コンコンと、家の戸を叩く音がした。月を見たとき感じた嫌な予感が、再びよぎる。しかしそうでなくても、灯りが消えている家の戸を無言で叩くなんて、怪しいなんてものじゃない。僕じゃなくたって、戸を開ける者はいないだろう。

「す、すいません……あの、ええと」

 鈴を鳴らしたような女性の声が聞こえてきて、僕の心は揺れた。流石に女というだけで手放しで信用するほど、僕はだらしがない男じゃない。やけに冷静だったり、逆にあまりに弱々しい声なら、さらに怪しんだかもしれない。しかしその声は、単純に困っていた。どう言えばいいか分からないといった風に、あわあわとなにごとかを呟いている。その様子に、少なくとも偽りの気配は感じられなかった。

「あの、心中お察ししますが、戸を開けていただけませんか?」

 やけに丁寧な調子でお願いされた。やはり緊張しているようだ。僕は、そっとベッドから降りて、忍び足で戸の近くまで寄って彼女のことばに耳を傾けた。

「わ、私、物乞いじゃありません。亡命者でもありません。貴方に会いたくて、来たんです」

 ……はて? 僕は首をかしげた。こんな美しい声を持つ女性が、知り合いにいただろうか。なんにしても、女性から「貴方に会いたい」なんて言われて嬉しくならない男はいない。さっきまで「女というだけで手放しで信用するほど……」などと考えていた僕だが、詐欺師がむしろ常套句として使うその言葉に、心の揺らぎは激しくなった。

「……失礼ですが、あなたは一体誰ですか?」
「あ、いやその、あ、怪しい者ではないのですが、でもまだ、誰かは言えないというか」

 声はしどろもどろに返答した。今の時点で相当に怪しい者だとは思うが、敢えてそれは言わずに話を進めることにする。

「用件は何ですか?」
「えと、私はあなたに会いに来たんです」
「それは聞きましたけど、私のようなしがない村人に会って、何をするおつもりなんです?」
「そ、それはそのっ。……約束を、果たしに?」

 なにがなんだか分からない。むりやり押し入るつもりはないようだし、このまま寝てしまおうか、と思い始めた。しかし、

「……お願いします、開けてくださいぃ」

 消え入るような嗚咽が聞こえてきて、さすがに罪悪感が芽生えた。なんだこれは、開けなきゃ僕が悪人みたいじゃないか。僕は至極正しいことをしているはず、なのだが。……なのだが。


「……分かりましたよ、今開けます」

 ぱぁっと戸の向こう側が明るくなった気がする。
 まあ、冷静に考えてみれば、夜中、灯りが既に消えている家の戸を叩く盗人はいないだろうし。そんなあからさまに怪しい真似はしないはずだ、きっとそうだ、と自分に言い聞かせる。

 ろうそくを持ってきて、戸をゆっくりと開ける。もし本当に盗人だったら、なんて不安が再びよぎるが、ここでやっぱり開けないなどと言ったら、一寸先にいる声の主は朝まで泣き続けるかもしれない。ここまできたら、どちらにせよ開けるしかないのだ。

 僕が外にろうそくを向けると、そこには、先程の声に似つかわしい、秀麗な少女が立っていた。年は、十七か八くらいで、まだ若干のあどけなさが残る。しかしながらその体つきは、思わず生唾をのんでしまうほどに豊満だった。そして、それによって彼女が本来持つであろう艶やかさを、年相応の無邪気な笑顔が取り払っていた。

 ただ、彼女が普通の女性とは違うところが一つ。彼女は鎧を着て、剣を腰に差していた。物々しいその装備に、少したじろぐ。

「あっ、この装備はですね、私達の正装というか。気になさらないでください」
「……騎士様か、何かですか?」
「あはは、ちょっと違いますよー」

 笑いながら手を振る彼女。なかなか気軽に笑い返せない状況だ。ひょっとすると、とんでもないことに巻き込まれたのではないか、という不安がじわじわと浸水してくる。つい目的を焦って尋ねてしまう。

「それで、約束っていうのは何です?」
「あっ……それは、その」

 彼女はうつむいて、再びさっきの泣きそうな調子に戻ってしまった。話が一向に進まない。でも、その約束を果たしに来たというのだから、答えられないということはないだろう。それほどまでに話しづらいことなのだろうか。いや、それは夜更けに突然知らない少女がやってきた時点で分かっていた。
 とにかく、僕からはも
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