夢を見ていた。
「遊びに――」
記憶の泥に沈殿した、ふとしたはずみで掬われる想い出。
酷く理不尽で、整合性のまるで無い夢――もっとも、夢というのは総じてそういうものであるけれど。
「遊びに行きましょう――」
とうに忘れ去った過去の中で、僕は5歳の僕だった。
「家の中よりも、外に行きましょうよ」
「ダメだよ、だってお外は大雨だよ?」
部屋の中で僕は返事をした。――誰に?
誰もいなかった。
けど声は、確かに目の前からする。
くすくすくす・・・・・・、と『彼女』が笑った。
笑顔も見えないのに、笑ったなんて可笑しな表現だ。正体を見せぬ相手に僕は空恐ろしくなるが、僕の中の僕にとっては些末な問題らしい。
「それとも・・・・・・、家の中でしか出来ない遊びをする?」
――・・・・・・場面が変わった。
僕はいつの間にやら成長して17歳になっていた。現実の僕と同じ年齢だ。誰に言われたわけでもないが、はっきりとわかった。
場所も自宅の自室ではなかった。ここは何処か――どこかの公園か。
公園だけど周りには誰もいなかった。
当然だった。何故なら公園には雨が降っていたからだ。
槍のような雨だった。ざああああ、という水滴が地面を叩く音以外なにも聞こえない。世界中の音という音が雨粒に変わったみたいだ。
僕の背すじがぶるりと震えた。遅まきながら雨に打たれて身体を冷やしたらしい。
寒い、寒い・・・・・・。雨脚があまりに強くて、雨宿りできる場所があるかもよく見えない。
そうだ、雨具だ。何をぼけっと突っ立っていたのだろう。天気が悪ければ傘を差す――常識じゃあないか。
今更になって僕は気付いた。
――と同時に、愕然とした。
無い。持ってない。右手にも左手にも、傘が無かった。そんな馬鹿な。確かに――さっきまで放さなかったはずなのに。
・・・・・・さっきまで? いや、違う、本当は、ずっと――――
「ねえ――」
声が聞こえた。
嘘だ、聞こえるはずない。だってほら、雨の音は、こんなにも大きいのだから。
誰かが喋っているのなら――、声が届くくらい近くで喋っているのなら、見えないはずがない。その姿が、はっきりと肉眼で視認できないはずがない!
「ねえってば――」
僕は走り出した。
泥土を蹴立てる。雨粒が目に入って目を開けていられない。前がわからない。それでも遮二無二、足を動かす。・・・・・・けれど、けれど。
「――いつになったら、わたしを迎えに来てくれるのかしら?」
僕は目を開いた。
一瞬何が起こったかわからなかった。だが太鼓のような心臓の鼓動と、時計の秒針が刻むリズムでようやっと自分が覚醒したことに気がついた。
「夢・・・・・・、か・・・・・・?」
我ながら酷い独り言だった。
夢でなかったら何だというのだろうか。夢・・・・・・、以外の・・・・・・――
窓の外から音がしたのでカーテンを開いたら、案の定大雨が降っていた。風呂桶をひっくり返したような凄い雨だ。
まさに五月雨。梅雨の到来だった。
「何だったんだ、今のは・・・・・・」
こんな轟音を聞きながら寝たから、無意識にあんな夢を見たのだろうか。
時計を見ると、昼の11時だった。遅起きは週末の、それも起こす人のいない一人暮らしにしか味わえない贅沢だ。
ここは夢の中の公園でも、ましてや5歳の僕がいた自室でもない。六畳一間の、学生寮のボロアパートだ。
「きょうの予定は・・・・・・、特にないな」
ふつう夢の内容というのは眠気が消えるにつれ薄まっていくものだ。しかし微睡みから覚めても、あの情景は魚の小骨のように引っかかった。
夢の中で、僕は謎の声を聞いて駆け出したわけだ。けどそれは、果たして恐怖によるものからだったのだろうか。
もしかして――もしかしたら夢の中の僕は逃げ出したのではなく・・・・・・、声の主を捜したかったのではないか。好奇心のような、猜疑心のような・・・・・・、いや、もっと・・・・・・、寂寥感のような――
なんだか臆病者の自己欺瞞に聞こえてきた。・・・・・・まあいい、どっちでも関係ない。実際にすることに変わりはないのだ。
別に何が見つかるとも思っていない。ただ久しぶりに親の顔を見るのに、都合の良い口実だ――それくらいの気持ちだった。
「たまには実家にも帰っておかないとな」
深い考えもなく、そうして僕こと前原栄(まえはら・はる)は、雨合羽と自転車の鍵を取り出したのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。
結論から言うと、収穫はあった。
ただし謎は解けなかった。・・・・・・いや、解けなかったのだから、得た物はなかったと言った方が正しいのか?
「なんだい栄ったら、連絡も無しに急に来たと思ったら昔の写真を見せてく
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