知らなかったか? ゲイザーちゃんからは逃げられない

きーん、こーん、かーん、こーん。
きりーつ、れー、ちゃくせーき。

本鈴が鳴り、終礼も済んだ。学生ならば誰もが待ち侘びる、煩わしい授業から解放される自由の時間。
ある者はカラオケやショッピングに繰り出し青春を謳歌し、ある者は勉強の本番はこれからだとばかり続けて塾に向かう。だが過半数の人間はやっぱり部活だろう。俺もご多分に漏れず自らが所属する文芸部を目指し、部活棟の廊下を歩いていた。

「なんだか最近、身体が重いな・・・・・・」
充分な睡眠はとっているはずなのに、肩に鉛がのしかかっているみたいだ。正直放課後までは、今日は休んで帰ろうと思っていた。なのにいつの間にか、自分でも知らぬ間に俺は早足で部室へ向かっていた。
ざわざわと胸騒ぎがした。動悸のような・・・・・・いや、違う、これは、例えるなら、高鳴りのような――?

気付いたときには目の前に部室のドアがあった。俺は引き戸に手をかけて、いつも通り・・・・・・――?
「なんだ、これ・・・・・・?」
自分でもはっきりわかるくらい、俺の指が震えていた。恐怖する小動物のように。まるで扉を開けることを、肉体が拒否しているように。

「馬鹿馬鹿しい」
さっきから動悸だの指の震えだのと。この歳で更年期障害など、笑い話にもならない。俺は一蹴すると、ことさら元気を込めて部室のドアを開いた。

「あ、センパイ。こんにちは・・・・・・」
「ああ、土留木・・・・・・。先に来てたのか」
部屋の中では俺の後輩――つまり俺以外の唯一の文芸部員が椅子にちんまりと座って文庫本を読んでいた。普段と同じように後輩の挨拶は消え入りそうな小ささで、俺に振る手も向ける笑顔もぎくしゃくとしていて控えめだった。

彼女は土留木見晴(どどめき・みはる)という。
一年生で、いつもびくびくおどおどしていてたぶん友達はいない。典型的な自分のお洒落に頓着しないタイプだ。特にぼっさぼさのクセっ毛は前にも後ろにも伸び放題で、両目に至ってはほとんど覆い隠されている。目が悪くならないのか気が気でない。

「センパイ、どうしたんですか? そんなところに突っ立って・・・・・・」
「あ・・・・・・? あ、ああ、すまなかった。いま入るよ・・・・・・――?」
――と、敷居をまたごうとした俺の脚から急激に力が抜け落ちた。膝裏を押されたようにたまらず姿勢を崩し、踏みとどまった。それと同時に頭の奥から、じわじわと疼痛のようなものが滲んできた。

「う、ぅ・・・・・・?」
明らかに異常だと、さすがに自分でもわかった。原因はわからない。心当たりなど全くない。だが間違いなかった。
部室に近づくたびに、俺の身体が悲鳴をあげている。

「センパイ・・・・・・」
マズイ、急に立ち眩んだ俺を見て心配したのか、土留木が椅子から離れて俺へと歩み寄ってくる。

(え・・・・・・、マズイ・・・・・・? 何がだ・・・・・・?)
自分で自分の思考に混乱する。わけがわからないが、とにかく体調が悪いのは確かだ。
俺はどうにか立ち上がると、やんわりと土留木に辞去の意を告げる。
「ごめん、土留木。来て早々だが、俺は早退――」

「センパイ、すきま風が寒いんで、早く入って閉めてください」

「――ああ、わかった」
自分でも驚くほど淀みない動きで、俺は自然な流れで室内に歩み入るとぴしゃりと扉を閉めた。まるでそうするのが、当然の義務のように。

(・・・・・・!? ・・・・・・・・・・・・ッ!?)
当惑する俺の意思を置き去りに、俺の指が勝手に動いた。まるで何度もこなした作業のように、俺の手が内側からの施錠を完遂した。

そしてその瞬間、俺はすべてを――思い出した。

「あ・・・・・・、あ――――」
この部屋で行われた、すべての出来事。
馬鹿な。どうして今まで忘れていたのだろうか。あれほど肝に銘じたのに。二度と近寄らないと誓ったのに。まるで捕食者の口へ飛びこむ間抜けな蝿じゃあないか。のこのこと俺はここへまた来てしまった。

「くすくす・・・・・・、暗示はしっかり効いてるようですね。そう・・・・・・、この場所で起こったことは・・・・・・、なにひとつ、ここを一歩でも出てしまえば・・・・・・、センパイは――」
油の切れたブリキ人形のように、俺は振り返る。
笑みをこぼして立ち尽くす『それ』は確かに俺の知る土留木だった。だが、俺の知っている後輩では――断じてなかった。

土留木が鬱陶しそうに前髪をかきあげた。そこには人間ではありえない異常に鋭い犬歯に、食虫花のように粘っこく歪んだくちびる、そして、

「――思い出すことは、絶対にない」

嗜虐的な光をたたえた巨大な一つ目が、嬉しそうに俺を見据えた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・。

「××君ってさ、
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